2009年9月28日月曜日

探して揺れても、たち続ける中心

十勝の診療所もあと一週間となりました

新たな立場で、多くの経験を積むことができました

小さな舞台から大きな舞台まで、様々な舞台経験がこの半年も糧になった実感があります


なにより、地域医療どっぷりの先生方とお会いできたこと
若手の自分が家庭医としての一生を全うすることへのイメージが出来ました

そして、家庭医としてのプロフェッショナリズムも目の当たりにすることができました


指導医との振り返りのときに、
立ち続ける中心について話題になりました

別の指導医も別の言葉で同じことを表現しているように感じました


振り切れず、落ちず、立ち続ける中心
新たなテーマを教えてもらえた振り返りでした


今日は臨床研究のfellowshipのゼミみたいな時間がありました

日本の家庭医療の発展と、自分の体験と、
医師患者双方へのよりよいアウトカムの探求から搾り出したリサーチクエスチョン(RQ)
について議論をしました


これも「中心」に立ち続ける大切さと難しさを実感しました

よいRQの要件で習った“FIRMNESS”
これらの項目をどれが不足することなく立たせることのバランス・・・
一つの要件の追求は、別の要件をおろそかにする動きとして連動してしまう気がしました

良いRQ一つとっても、
多彩な評価の中心に立つものであれば素晴らしいのだな~と実感しました


家庭医として中心に立つ・・・その意味から模索しながら、
バランスを、バランスを、バランスを

2009年9月21日月曜日

幽玄なる!?家庭医療

メルマガで読んでいる『安岡正篤 一日一言』
難解な日もありますが、ヒットすることもしばしば

茶道の御軸拝見から読み始めた禅語や、
最近読み始めた論語が染みるときもあり、
仏教や四書五経って大切な教養なのかも・・と思っています
まだ心の敷居は高い状態なのですが・・


さて、今日の言葉は、

『反省は統一に復(かえ)ろうとする作用である。
 哲人程内省的であり、統一に復る程幽玄(ゆうげん)である。』

とありました。

ほほう。


分割して発展した各科専門医学の反省・反動から、統一に復ろうとして興った家庭医療
ということは家庭医療は幽玄なのでしょうか?


幽玄といえば和歌や能を形容する表現というイメージだったので、
早速「幽玄」を調べてみました


*言の葉庵というHPの“【日本文化のキーワード】第三回 幽玄”より

『どの芸術にもその神秘さ、精神的リズム、日本人のいわゆる〔妙〕が存する。
 (中略)妙はときとして日本文学において〔幽玄〕と呼ばれる。』

確かに医学でも〔妙〕なるものを感じます。
言葉にはならないけれども、患者さんとえもいわれぬ時間が流れたり、
混乱した現場が徐々に整理されていく力が動いたり・・・

『「幽玄」とは「具体的感情の混沌を律動的芸術形式」へと統一する
 「情趣創造的形成の原理としての意義」をもつものと説きます。
 まとまらない感情の動きを、リズムをもつ形式に統一して示す、
 芸術創造の原理になっている。』

これはPCCMの成り立ちに合致します
医師という人間と患者という人間が出会い混沌とし、まとまらない動きの観察や研究から、
PCCMという律動的形式に統一されてきた・・・
そしてそれは新たなモデルとしても変化し続けている・・・
芸術だけではなく、『学問創造の原理』としても読み取れました

一番すっきりしたのは、

『「幽玄」の七つの定義。
 (一)何らかの形で隠され、蔽われていること
 (二)仄暗く、朦朧で、薄明であること
 (三)静寂であること
 (四)深遠であること
 (五)充実していること
 (六)神秘性、または超自然的であること
 (七)非合理的、不可説的、微妙であること』

人間の臓器や細胞ではなく、人間そのものや、関係を主に対象とするからこそ、
(一)~(七)という特徴があるのかもしれません。

とはいえ人間を分割し続けても失われる特徴でもないので、
(一)~(七)の特徴はどこ分野にも当てはまるのかもしれません。

ただ家庭医としての専門性が深まった!!という感覚がもてないでいるのは、
『幽玄』な世界だからこそなのかもしれませんし、

家庭医の大先輩達に圧倒されるのも、
『幽玄』な姿だからこそなのかもしれません


最近始まったの臨床研究フェローシップで、
日本らしい家庭医療ってなんだろう??と考える機会が多かったので、
小難しく考えてみましたが、上手く言い表すことができませんでした

『幽玄』だからなのかもしれません

いや、未熟者だからでしょう…

修行は続きます

2009年9月8日火曜日

知ったからこそ、それがはじまり

外来中には様々な自己洞察や自己認識が訪れますが、
大切なのは、「洞察してどう言動するか、認識してどう言動できるか」
だと最近感じています

外来には大切な相手がいますので…

何も言わない、何もしないという選択もありますが、
それを意識的に選んでいるかというと…不確かであります
悪影響を最小限にすることが精一杯のときも…あります
特に自分の倫理感や正義とぶつかるものと出合った時、とても試されます

少ない経験を振り返って、難しい局面では
・情報収集から理解を深める
・全く異なる視点で外来のゴールを再設定する
・共通点を探し関心を復活させる
などが有効でした

これが自在なのがプロなのでしょうか?

感情の揺れがふと訪れても、
それが互いに心地よいゆらぎに変化する外来ケアを提供できる

そんなプロの自然体っていいですね~

2009年9月6日日曜日

只只過ごす、日日是好日と感じ


本州最西端の山口県の東部に周南市という街があります
かつての徳山市と聞いたほうが馴染みがあるかもしれません
今でも新幹線の駅は「徳山」になっています

その徳山駅から南に徒歩5分で徳山港があります
石油コンビナートが立ち並び忙しくクレーンが動く一方で、静かな海面に琵琶湖の穏やかさを思い出します

ここは水深が深いため天然の良港として、戦前には日本海軍燃料廠が置かれ、戦艦大和の沖縄特攻作戦にあたり本土最後の燃料補給地となった(wikipedia"徳山市"より)そうです


その沖合いに大津島があり
そこで、この夏の休暇を過ごしました


きっかけは昨年の夏にベネッセアートサイト直島に行った事でした
地中美術館では明るい教会のような静けさと、切り取られた空の美しさに魅せられ、
生活の場にアートが溶け込んでいる家プロジェクトではわくわくがピークになりました

今までは小笠原、八重山、屋久島などで泳いだり登ったりと体を動かす遠くの島旅を好んでいましたが、
家族もできたし、静かに心が動き楽しむ島旅がいいな~と思い直したからです

その直島で見た雑誌に、大津島の宿・只只のことが書いてあり
『来年はここ!!』と決めていました


大津島は高齢化の進んだ小さな島で、
直島のような大きな産業もなく美術館もプロジェクトもありません

大津島には回天という人間魚雷の基地と只只という宿があるだけのように見えました
島の人はどんな生活をしているかが見えなくて残念でした


たった一泊二日でしたが、
かつての戦争とその時代を生きた人たちのことを考え、
この夏に経験したillnessをメタに振り帰ったり、
生きることの意味深さを静かに味わう時間になりました

宿ができる歴史を辿って共感しました

仕事をバリバリしていた地元の社長さんが、大病を患い、大津島を訪れ回天の基地を訪問し、
そして人生を考え直して建てた宿だそうです

この夏に経験したillnessはまさにこのオーナーさんの追体験のようでした

人の唯一無二の人生に重ね合わせるのは申し訳ありませんが、
只只に宿る温かさと静けさは、島をenjoy!!という色合いではなかったのです


辛いことがあっても、悩むことがあっても、
それを良き日と、充実した人生と受け入れながら生きることの大切さ

本当に大切なものを見定めて、それを大切にして生きる素晴らしさ


まだまだ修行が足りませんが、少しまとめて考えることの出来た島でした

2009年9月5日土曜日

家庭医療を学生さんに伝える機会からの学び

7月・8月に学生さんが3名も更別診療所に見学・実習にいらっしゃいました

2年生!という挑戦もあり、母校の後輩も来たりと楽しい限りでした

更別の指導医が以前から学生実習の基盤や環境をがっちり造っておられ、かつサポートも十分だったので、
事前のコーディネートやニーズに合わせたプログラム作り、振り返りの司会などを負担なく経験する貴重な機会にもなりました


何れの学生さんも、よく見ているな~・よく感じているな~という感想やコメントを適宜・そして最後のまとめで出してくれました

実際に家庭医が働く現場で、家庭医の言動を見ているからこそなのでしょう
改めて勉強させられる気持ちになりました

その感想やコメントをベースにして2回「家庭医療とは」についてレクチャーしましたが、
いずれもストンと入ったようです

レクチャーでは『生物心理社会モデル』が必須である(言わないようにして試みたら難しかった)こと、
医学の発展の歴史的経緯や、医学部と家庭医療の現場とのGapを伝えることが有効だったと感じました
『問い』をどんどん立てながら、リラックスしたインタラクションで話してとしても楽しいレクチャーでした

1:1では家庭医療の発展のごとく現場と理論の往復でこんな感じいけそうですが、
これが家庭医の現場を離れて、家庭医の言動を見ていない医学生のmass相手だとどんなレクチャーがいいのでしょうね?

かつてFPIG関西の活動、何回か夏期セミナーでも講師をしていましたが、今後もテーマになるのでしょうね~

2009年8月28日金曜日

1時間のための6年間

役場のスタッフの方に誘われて、昨夜はテニスをしました

ポートフォリオの検討会という大切な勉強会があったので、
遅れてしまって1時間だけでしたが、とても楽しい時間でした

昨年の夏に札幌のモエレ沼公園で数回やって以来でした

ポンコツプレーになっていないか心配していましたが、
以外にもダブルフォルトもなく、狙ったコースにサーブが打て、
フォアもネットミスよりはアウトミス
ボレーもそれなりの玉にはエースかつなぐボレーができました

相変わらず、バックやバックハイは面がぶれて不安定でしたが・・・


たった1時間だけでしたが、その最中も、その後も楽しさが持続して・・・素敵な時間でした



この楽しい素敵な1時間は、大学テニス部の6年間があったからだと思いました

その時には、そんな1時間のために定期練習で声をあげたり、
上手くなるために自主練習したり、先輩に試合を申し込んだり・・
したわけではないのですが・・

6年間のやってきたことが、この1時間に生き生きと息づいている実感を得ました


家庭医の後期研修の3年間も、いつかそんな実感を得るのかもしれません

日々の中での些細な努力や工夫が、
少しずつ積み重なり、
そして、ある一瞬のために実を結ぶ

そんな3年間、いや家庭医人生があると家庭医としての楽しい素敵な時間の資源になると感じました


最近疾患ものの勉強が不足しているな~とも感じていたので、
いい動機づけになりました

9月の市町村対抗のテニス大会では更別の勝利に貢献したいと思いつつ、
医師としても今回の1時間のような時間がいつか来るといいな、
そのために日々刻々を丁寧に生きないとなと学びました

2009年7月18日土曜日

医学の不確実性に耐えて扱うことは・・・

昨日、「医学の不確実性」についてHCFM内でレクチャーしました

診療の現場では、不確実性に『1耐えて、2扱う』ことが日常的に必要になります


『2、扱う』のところでm自分でも勉強になったのですが、
H・コートニーの論文、"Strategy Under Uncertainty"(HBS,1997)の図を参照しました
(図はhttp://journal.mycom.co.jp/column/itshihonron/093/index.htmlを参照)


筆者らは、不確実性を、
「1:まったく読めない未来」
「2:可能性の範囲が見えている未来」
「3:他の可能性もある未来」
「4:確実に見通せる未来」
の4段階に分け、段階ごとに複数のシナリオを用意し、
それぞれのシナリオに応じて打ち手を考える必要がある」と述べられています。

このビジネスで使われている図の1~4が医療にも一致しました


例えば、外来の現場では
1:今日から高熱
2:昨日から高熱と首のリンパ節が腫れている
3:一昨日から高熱と首のリンパ節が腫れているけど、溶連菌とアデノウイルスの迅速検査は陰性
4:川崎病の診断基準を満たした状態
と、情報が増えるにつれ1⇒4と状況が進んでいきます

・・・診断学として順調に行けば・・・です

ある情報で4⇒2といきなり不確実性が高まることもあるし、
2と3の往復で入院がずるずる延びてしまうことも現実も経験しています


臨床で1や4の状況は少なく、むしろ2や3の時が多い気がします


勉強会での議論を通して気づいたことは、

2-3の状況で大切なのは、
『不確実性に耐えて扱う』というイマイチ良くわからないことでなく、

患者さんとの
A情報
B信頼
C時間
を大切にすることです

A互いに情報を引き出して、互いに情報を適切に伝えれられるか
B信頼関係を構築しながら、やり取りを互いに信頼するか
Cこれを限られた時間で行えるか
日々これだったんですね・・・

毎日修行ですね・・・