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2009年12月15日火曜日

崩れそうなとき、『いつもの自分』でいること

ある日のお昼近くの最後の外来患者さんとの相談に時間がかかりました

そして、時間をかけながら、かかっていることに後ろ向きになっていました

すっと相談が進むのではなく、何か進まない感じ
相手の問題点が見えない感じ、見えても否定される感じ・・・


外来毎にたどり着くゴールや目標があり、
それをCommon groundと言っているのですが、
それにたどり着くのが難しい外来になりました


理由は振り返ってみて、いろいろあると想いました
・外来の後半にいつもの病気以外のことが、突然一番の話題になり始めた
・その話題について患者さん自身が深く葛藤していた
・葛藤に気づかず、話しているうちに、その葛藤を貰って、自分も困ってしまった
・お昼の最後だったので、テンポの速い外来になっていた


葛藤も一番大きい「接近-回避葛藤」でした

普段の外来でなく、両価性を扱う外来にシフトすべきでした・・・
1.Express Empathy
2.Develop Discrepancy
3・Rolloing with Resistance
4.Support Self-efficacy
がKeyのようです。

いつもの自分ではない感じで終わってしまい
ちょっと後味が悪かったです


その日ふと読んだ『人生新條』という雑誌に、イチロー選手のことが書いてあり、
“一定であることが自分の支え”とありました

それは
・ヒットを打てなくても、自分のバッティングの感覚さえ残っていれば心配しない
・いつもの自分であるとセルフコントロールする
という内容でした

外来で、難しい局面でも、崩れそうなときでも、
“一定であること”“いつもの自分であること”と実感していることが大切なんでしょうね・・・

思いがけずヒントを貰った気分になりました


相手に合わせる部分と、自分らしくいる部分、
求められる適応力と、ぶれない軸と・・・このバランスか~

一生テーマかもしれません・・・

2009年9月8日火曜日

知ったからこそ、それがはじまり

外来中には様々な自己洞察や自己認識が訪れますが、
大切なのは、「洞察してどう言動するか、認識してどう言動できるか」
だと最近感じています

外来には大切な相手がいますので…

何も言わない、何もしないという選択もありますが、
それを意識的に選んでいるかというと…不確かであります
悪影響を最小限にすることが精一杯のときも…あります
特に自分の倫理感や正義とぶつかるものと出合った時、とても試されます

少ない経験を振り返って、難しい局面では
・情報収集から理解を深める
・全く異なる視点で外来のゴールを再設定する
・共通点を探し関心を復活させる
などが有効でした

これが自在なのがプロなのでしょうか?

感情の揺れがふと訪れても、
それが互いに心地よいゆらぎに変化する外来ケアを提供できる

そんなプロの自然体っていいですね~

2009年2月19日木曜日

一度の生の体験が、ずっとの生きた想像力を生む

最近はプロフェッショナル+当直の組み合わせが多いです・・・


前半がcallで見られなかったのですが、
後半は見ることができました

堀井不二夫さんというべテラン航空管制官のお話でした


印象的だったのは、管制官として自信をつけていた頃、
若手パイロットとの同乗体験を契機に「飛行機を捌くという管制」から、
「共に空を飛ぶ管制」に変容されたシーンでした


着陸前の緊張状態、操縦手技の多さ、それらを目の当たりにして考えが変わったそうです

それらを想像し、思い描くことで、タイミングよくパイロットに役立つ指示が出るそうです
堀井さんが管制すると、パイロットから「丁寧な指示をありがとう」と声が返ってくることが、
安心と信頼のある管制の何よりの証拠でした


『今、どういう気持ちでパイロットは飛んでいるのだろうか?』
管制技術に、その思いやりが溶けた瞬間、
それは最高の技術と態度となってパイロットを支えるものになるんだと感じました

声だけのやり取りだから、
声だからこその思いやりを強さを持っていないといけないのかもしれません



生の想像力を身につける

・・・患者さんがどういう気持ちで今入院しているのか?
・・・どんな気持ちで今日ここに受診してきたのか?

医療の知識や技術を提供するときにも、より伝えるために必要な想像力だと思いました

きっとこれって共感レベル3です

2008年3月10日月曜日

深く「浅井」を感じ、無意識をまとった意識を感じる・・・

「浅井」という名前が僕の故郷の名前でした
戦国武将の浅井長政が名前の由来です
歴史は繰り返し、今は「長浜」という地名に変わりました

今年になって故郷の同級生達と会う機会が多く、
その中で自分の原型を再確認する感覚を数多くしました

そして、それを加速させた今夜の親との電話・・・
湖北弁丸出しの会話の中でふと祖母の言葉を聞きました



「なったことをよしとさんせ」
(訳:起こってしまったことを、良かったとしましょう)



と、祖母は父によく語っていたみたいです

祖母は僕が小学一年生の時に亡くなったのですが、
この言葉が自分の中に、言葉以外で息づいていたことを感じました

北海道家庭医療学センターの後輩の日記にも書いたように、
「自分についての知識がいろんな分野の知識の中で、最も知ることが困難である」と思っています

その中で、自分の周囲の人から自分を知る機会をもらっているように感じました・・・
感謝です


そういえば、日本の昔話では、 「お父さんとお母さん」の登場はなく、
「おじいさんとおばあさん」が良く登場しますよね

それって、昔話に込められた精神性や感性に通じ影響する存在なのからなんでしょうね・・・
きっと・・・

初めて言います 「おばあちゃんありがとう」

2008年1月17日木曜日

家庭医に振り返りが必要な理由を友人の一言で気付かされた

ここのところの振り返りは自己認識の大切な機会・ツールになってます。
特に誰かとするとさらに進みます。


そして最近、決定的に「振り返り」に大切なことを自分なりに気づきました。



僕の友人が、SNSのコミュニティーで、
・「他の医学的分野よりも家庭医をやる上では振り返りがより重要と感じる」
・「家庭医療は振り返りを行っていかないと、自分が前にすすんでいるのかどうかがとてもわかりにくい状況になる」
という台詞を書いていて、初めて気づきました。



それは、「振り返りが自己変容の機会・ツールになる」ことです。




家庭医は日々知識面・態度面・技術面で自分を成長させることが求められています。

得意分野を伸ばす作業よりも、弱点補強の作業が多いです。


日々多様な知識・スキル・マネージメントなど・・・極端に言うなら多様な『自分』を求められる・・・



そこで、

自分の無知に気付き
焦りなどのネガティブな感情に気付き
マネージメントや説明があいまいな自分に気付き

・・・ それを修正・成長させることこそが、

「重要で、前に進んでいる感覚」につながると思いました。



そう考えると、認識することが変容の始まりだし、
「振り返り→再構成」は、自分の再構成なのかもしないと思うのです。



そう思って・感じて振り返りすると、なんとも深い作業ですね。