新しい診療所では、新しい環境との出会いです
内的なものも外的なものも
この間はご飯も取れず7時間ぶっ続けの外来を初めて経験しました
要因はいろいろあるので稀有なケースだとは思っていますが・・・
そういった初の経験で自分を知ることができます
外来が5-6時間経過しても、自分をメンテナンスしながら、
・ある困難な状況でも衝突を回避するマネージメントを遂行
・問題点を見定めてAgendaを満たす外来
が出来たことは自信になりました
疲労で容易に陰性感情が沸きやすいこともわかりましたし、
それを患者さんとのコミュニケーションをとりながら軽減する術も経験することができました
家庭医は身近な患者さんから元気をもらえます
内的な動きに注意することも大切でした
振り返ると、大崩れせず、むしろ無事出来たのは、
ゆっくり外来を積み重ねた初期研修+後期研修1年目のおかげだと思っています
色んな局面でそれを感じることができました
思い出すのは本輪西の日々です
室蘭を離れた同期から、室蘭で学んだことが役立っていると聞いたことがありましたが、
その気持ちが良く分かる瞬間でした
と、いいながらも、お恥ずかしいことに、
・とある検査を出したのに、その後の確認が抜けていた(周囲のカバーで助かりました)
という出来事が起こっており・・・
ポジティブの維持も、ネガティブの修正も、
どれもこれもスタッフや患者さんからの助けがあってのこと
自分ひとりだけでメンテナンスは出来ないな~ということも感じました
新しい環境では新しい学びが多いです
一つのところで根を張る日を夢見ながら、
新しい環境で学べることを大切にして過ごそうと思います。
2009年10月15日木曜日
2009年10月8日木曜日
病院が診療所になって、そこで家庭医が働いたら・・・
更別を離れ10月から旭川近くの診療所で勤務しています
この10月から病院から診療所になったところです
『初めての家庭医体制』
『100床の病院から19床の診療所にダウンサイジング』
を、日々色んな切り口で経験しています
「先生は何科?」「肩も診てくれるの?」などなど患者さんとのやり取りも新鮮な環境です
システムとしても立ち上げることがたくさんあって、
どう優先順位をつけて取り組むか、意思決定をどう進めていくか?なども興味深いです
院長の先輩と学生時代からの同期と協力して、
家庭医療の実践と教育のサイト作りに励みたいと思っています
今までのサイトがかつて経験した立ち上げ時期を、
こうやって9期生として経験できていることが何より有り難いです
この10月から病院から診療所になったところです
『初めての家庭医体制』
『100床の病院から19床の診療所にダウンサイジング』
を、日々色んな切り口で経験しています
「先生は何科?」「肩も診てくれるの?」などなど患者さんとのやり取りも新鮮な環境です
システムとしても立ち上げることがたくさんあって、
どう優先順位をつけて取り組むか、意思決定をどう進めていくか?なども興味深いです
院長の先輩と学生時代からの同期と協力して、
家庭医療の実践と教育のサイト作りに励みたいと思っています
今までのサイトがかつて経験した立ち上げ時期を、
こうやって9期生として経験できていることが何より有り難いです
2009年9月28日月曜日
探して揺れても、たち続ける中心
十勝の診療所もあと一週間となりました
新たな立場で、多くの経験を積むことができました
小さな舞台から大きな舞台まで、様々な舞台経験がこの半年も糧になった実感があります
なにより、地域医療どっぷりの先生方とお会いできたこと
若手の自分が家庭医としての一生を全うすることへのイメージが出来ました
そして、家庭医としてのプロフェッショナリズムも目の当たりにすることができました
指導医との振り返りのときに、
立ち続ける中心について話題になりました
別の指導医も別の言葉で同じことを表現しているように感じました
振り切れず、落ちず、立ち続ける中心
新たなテーマを教えてもらえた振り返りでした
今日は臨床研究のfellowshipのゼミみたいな時間がありました
日本の家庭医療の発展と、自分の体験と、
医師患者双方へのよりよいアウトカムの探求から搾り出したリサーチクエスチョン(RQ)
について議論をしました
これも「中心」に立ち続ける大切さと難しさを実感しました
よいRQの要件で習った“FIRMNESS”
これらの項目をどれが不足することなく立たせることのバランス・・・
一つの要件の追求は、別の要件をおろそかにする動きとして連動してしまう気がしました
良いRQ一つとっても、
多彩な評価の中心に立つものであれば素晴らしいのだな~と実感しました
家庭医として中心に立つ・・・その意味から模索しながら、
バランスを、バランスを、バランスを
新たな立場で、多くの経験を積むことができました
小さな舞台から大きな舞台まで、様々な舞台経験がこの半年も糧になった実感があります
なにより、地域医療どっぷりの先生方とお会いできたこと
若手の自分が家庭医としての一生を全うすることへのイメージが出来ました
そして、家庭医としてのプロフェッショナリズムも目の当たりにすることができました
指導医との振り返りのときに、
立ち続ける中心について話題になりました
別の指導医も別の言葉で同じことを表現しているように感じました
振り切れず、落ちず、立ち続ける中心
新たなテーマを教えてもらえた振り返りでした
今日は臨床研究のfellowshipのゼミみたいな時間がありました
日本の家庭医療の発展と、自分の体験と、
医師患者双方へのよりよいアウトカムの探求から搾り出したリサーチクエスチョン(RQ)
について議論をしました
これも「中心」に立ち続ける大切さと難しさを実感しました
よいRQの要件で習った“FIRMNESS”
これらの項目をどれが不足することなく立たせることのバランス・・・
一つの要件の追求は、別の要件をおろそかにする動きとして連動してしまう気がしました
良いRQ一つとっても、
多彩な評価の中心に立つものであれば素晴らしいのだな~と実感しました
家庭医として中心に立つ・・・その意味から模索しながら、
バランスを、バランスを、バランスを
2009年9月21日月曜日
幽玄なる!?家庭医療
メルマガで読んでいる『安岡正篤 一日一言』
難解な日もありますが、ヒットすることもしばしば
茶道の御軸拝見から読み始めた禅語や、
最近読み始めた論語が染みるときもあり、
仏教や四書五経って大切な教養なのかも・・と思っています
まだ心の敷居は高い状態なのですが・・
さて、今日の言葉は、
『反省は統一に復(かえ)ろうとする作用である。
哲人程内省的であり、統一に復る程幽玄(ゆうげん)である。』
とありました。
ほほう。
分割して発展した各科専門医学の反省・反動から、統一に復ろうとして興った家庭医療
ということは家庭医療は幽玄なのでしょうか?
幽玄といえば和歌や能を形容する表現というイメージだったので、
早速「幽玄」を調べてみました
*言の葉庵というHPの“【日本文化のキーワード】第三回 幽玄”より
『どの芸術にもその神秘さ、精神的リズム、日本人のいわゆる〔妙〕が存する。
(中略)妙はときとして日本文学において〔幽玄〕と呼ばれる。』
確かに医学でも〔妙〕なるものを感じます。
言葉にはならないけれども、患者さんとえもいわれぬ時間が流れたり、
混乱した現場が徐々に整理されていく力が動いたり・・・
『「幽玄」とは「具体的感情の混沌を律動的芸術形式」へと統一する
「情趣創造的形成の原理としての意義」をもつものと説きます。
まとまらない感情の動きを、リズムをもつ形式に統一して示す、
芸術創造の原理になっている。』
これはPCCMの成り立ちに合致します
医師という人間と患者という人間が出会い混沌とし、まとまらない動きの観察や研究から、
PCCMという律動的形式に統一されてきた・・・
そしてそれは新たなモデルとしても変化し続けている・・・
芸術だけではなく、『学問創造の原理』としても読み取れました
一番すっきりしたのは、
『「幽玄」の七つの定義。
(一)何らかの形で隠され、蔽われていること
(二)仄暗く、朦朧で、薄明であること
(三)静寂であること
(四)深遠であること
(五)充実していること
(六)神秘性、または超自然的であること
(七)非合理的、不可説的、微妙であること』
人間の臓器や細胞ではなく、人間そのものや、関係を主に対象とするからこそ、
(一)~(七)という特徴があるのかもしれません。
とはいえ人間を分割し続けても失われる特徴でもないので、
(一)~(七)の特徴はどこ分野にも当てはまるのかもしれません。
ただ家庭医としての専門性が深まった!!という感覚がもてないでいるのは、
『幽玄』な世界だからこそなのかもしれませんし、
家庭医の大先輩達に圧倒されるのも、
『幽玄』な姿だからこそなのかもしれません
最近始まったの臨床研究フェローシップで、
日本らしい家庭医療ってなんだろう??と考える機会が多かったので、
小難しく考えてみましたが、上手く言い表すことができませんでした
『幽玄』だからなのかもしれません
いや、未熟者だからでしょう…
修行は続きます
難解な日もありますが、ヒットすることもしばしば
茶道の御軸拝見から読み始めた禅語や、
最近読み始めた論語が染みるときもあり、
仏教や四書五経って大切な教養なのかも・・と思っています
まだ心の敷居は高い状態なのですが・・
さて、今日の言葉は、
『反省は統一に復(かえ)ろうとする作用である。
哲人程内省的であり、統一に復る程幽玄(ゆうげん)である。』
とありました。
ほほう。
分割して発展した各科専門医学の反省・反動から、統一に復ろうとして興った家庭医療
ということは家庭医療は幽玄なのでしょうか?
幽玄といえば和歌や能を形容する表現というイメージだったので、
早速「幽玄」を調べてみました
*言の葉庵というHPの“【日本文化のキーワード】第三回 幽玄”より
『どの芸術にもその神秘さ、精神的リズム、日本人のいわゆる〔妙〕が存する。
(中略)妙はときとして日本文学において〔幽玄〕と呼ばれる。』
確かに医学でも〔妙〕なるものを感じます。
言葉にはならないけれども、患者さんとえもいわれぬ時間が流れたり、
混乱した現場が徐々に整理されていく力が動いたり・・・
『「幽玄」とは「具体的感情の混沌を律動的芸術形式」へと統一する
「情趣創造的形成の原理としての意義」をもつものと説きます。
まとまらない感情の動きを、リズムをもつ形式に統一して示す、
芸術創造の原理になっている。』
これはPCCMの成り立ちに合致します
医師という人間と患者という人間が出会い混沌とし、まとまらない動きの観察や研究から、
PCCMという律動的形式に統一されてきた・・・
そしてそれは新たなモデルとしても変化し続けている・・・
芸術だけではなく、『学問創造の原理』としても読み取れました
一番すっきりしたのは、
『「幽玄」の七つの定義。
(一)何らかの形で隠され、蔽われていること
(二)仄暗く、朦朧で、薄明であること
(三)静寂であること
(四)深遠であること
(五)充実していること
(六)神秘性、または超自然的であること
(七)非合理的、不可説的、微妙であること』
人間の臓器や細胞ではなく、人間そのものや、関係を主に対象とするからこそ、
(一)~(七)という特徴があるのかもしれません。
とはいえ人間を分割し続けても失われる特徴でもないので、
(一)~(七)の特徴はどこ分野にも当てはまるのかもしれません。
ただ家庭医としての専門性が深まった!!という感覚がもてないでいるのは、
『幽玄』な世界だからこそなのかもしれませんし、
家庭医の大先輩達に圧倒されるのも、
『幽玄』な姿だからこそなのかもしれません
最近始まったの臨床研究フェローシップで、
日本らしい家庭医療ってなんだろう??と考える機会が多かったので、
小難しく考えてみましたが、上手く言い表すことができませんでした
『幽玄』だからなのかもしれません
いや、未熟者だからでしょう…
修行は続きます
2009年9月8日火曜日
知ったからこそ、それがはじまり
外来中には様々な自己洞察や自己認識が訪れますが、
大切なのは、「洞察してどう言動するか、認識してどう言動できるか」
だと最近感じています
外来には大切な相手がいますので…
何も言わない、何もしないという選択もありますが、
それを意識的に選んでいるかというと…不確かであります
悪影響を最小限にすることが精一杯のときも…あります
特に自分の倫理感や正義とぶつかるものと出合った時、とても試されます
少ない経験を振り返って、難しい局面では
・情報収集から理解を深める
・全く異なる視点で外来のゴールを再設定する
・共通点を探し関心を復活させる
などが有効でした
これが自在なのがプロなのでしょうか?
感情の揺れがふと訪れても、
それが互いに心地よいゆらぎに変化する外来ケアを提供できる
そんなプロの自然体っていいですね~
大切なのは、「洞察してどう言動するか、認識してどう言動できるか」
だと最近感じています
外来には大切な相手がいますので…
何も言わない、何もしないという選択もありますが、
それを意識的に選んでいるかというと…不確かであります
悪影響を最小限にすることが精一杯のときも…あります
特に自分の倫理感や正義とぶつかるものと出合った時、とても試されます
少ない経験を振り返って、難しい局面では
・情報収集から理解を深める
・全く異なる視点で外来のゴールを再設定する
・共通点を探し関心を復活させる
などが有効でした
これが自在なのがプロなのでしょうか?
感情の揺れがふと訪れても、
それが互いに心地よいゆらぎに変化する外来ケアを提供できる
そんなプロの自然体っていいですね~
2009年9月6日日曜日
只只過ごす、日日是好日と感じ
本州最西端の山口県の東部に周南市という街があります
かつての徳山市と聞いたほうが馴染みがあるかもしれません
今でも新幹線の駅は「徳山」になっています
その徳山駅から南に徒歩5分で徳山港があります
石油コンビナートが立ち並び忙しくクレーンが動く一方で、静かな海面に琵琶湖の穏やかさを思い出します
ここは水深が深いため天然の良港として、戦前には日本海軍燃料廠が置かれ、戦艦大和の沖縄特攻作戦にあたり本土最後の燃料補給地となった(wikipedia"徳山市"より)そうです
その沖合いに大津島があり
そこで、この夏の休暇を過ごしました
きっかけは昨年の夏にベネッセアートサイト直島に行った事でした
地中美術館では明るい教会のような静けさと、切り取られた空の美しさに魅せられ、
生活の場にアートが溶け込んでいる家プロジェクトではわくわくがピークになりました
今までは小笠原、八重山、屋久島などで泳いだり登ったりと体を動かす遠くの島旅を好んでいましたが、
家族もできたし、静かに心が動き楽しむ島旅がいいな~と思い直したからです
その直島で見た雑誌に、大津島の宿・只只のことが書いてあり
『来年はここ!!』と決めていました
大津島は高齢化の進んだ小さな島で、
直島のような大きな産業もなく美術館もプロジェクトもありません
大津島には回天という人間魚雷の基地と只只という宿があるだけのように見えました
島の人はどんな生活をしているかが見えなくて残念でした
たった一泊二日でしたが、
かつての戦争とその時代を生きた人たちのことを考え、
この夏に経験したillnessをメタに振り帰ったり、
生きることの意味深さを静かに味わう時間になりました
宿ができる歴史を辿って共感しました
仕事をバリバリしていた地元の社長さんが、大病を患い、大津島を訪れ回天の基地を訪問し、
そして人生を考え直して建てた宿だそうです
この夏に経験したillnessはまさにこのオーナーさんの追体験のようでした
人の唯一無二の人生に重ね合わせるのは申し訳ありませんが、
只只に宿る温かさと静けさは、島をenjoy!!という色合いではなかったのです
辛いことがあっても、悩むことがあっても、
それを良き日と、充実した人生と受け入れながら生きることの大切さ
本当に大切なものを見定めて、それを大切にして生きる素晴らしさ
まだまだ修行が足りませんが、少しまとめて考えることの出来た島でした
2009年9月5日土曜日
家庭医療を学生さんに伝える機会からの学び
7月・8月に学生さんが3名も更別診療所に見学・実習にいらっしゃいました
2年生!という挑戦もあり、母校の後輩も来たりと楽しい限りでした
更別の指導医が以前から学生実習の基盤や環境をがっちり造っておられ、かつサポートも十分だったので、
事前のコーディネートやニーズに合わせたプログラム作り、振り返りの司会などを負担なく経験する貴重な機会にもなりました
何れの学生さんも、よく見ているな~・よく感じているな~という感想やコメントを適宜・そして最後のまとめで出してくれました
実際に家庭医が働く現場で、家庭医の言動を見ているからこそなのでしょう
改めて勉強させられる気持ちになりました
その感想やコメントをベースにして2回「家庭医療とは」についてレクチャーしましたが、
いずれもストンと入ったようです
レクチャーでは『生物心理社会モデル』が必須である(言わないようにして試みたら難しかった)こと、
医学の発展の歴史的経緯や、医学部と家庭医療の現場とのGapを伝えることが有効だったと感じました
『問い』をどんどん立てながら、リラックスしたインタラクションで話してとしても楽しいレクチャーでした
1:1では家庭医療の発展のごとく現場と理論の往復でこんな感じいけそうですが、
これが家庭医の現場を離れて、家庭医の言動を見ていない医学生のmass相手だとどんなレクチャーがいいのでしょうね?
かつてFPIG関西の活動、何回か夏期セミナーでも講師をしていましたが、今後もテーマになるのでしょうね~
2年生!という挑戦もあり、母校の後輩も来たりと楽しい限りでした
更別の指導医が以前から学生実習の基盤や環境をがっちり造っておられ、かつサポートも十分だったので、
事前のコーディネートやニーズに合わせたプログラム作り、振り返りの司会などを負担なく経験する貴重な機会にもなりました
何れの学生さんも、よく見ているな~・よく感じているな~という感想やコメントを適宜・そして最後のまとめで出してくれました
実際に家庭医が働く現場で、家庭医の言動を見ているからこそなのでしょう
改めて勉強させられる気持ちになりました
その感想やコメントをベースにして2回「家庭医療とは」についてレクチャーしましたが、
いずれもストンと入ったようです
レクチャーでは『生物心理社会モデル』が必須である(言わないようにして試みたら難しかった)こと、
医学の発展の歴史的経緯や、医学部と家庭医療の現場とのGapを伝えることが有効だったと感じました
『問い』をどんどん立てながら、リラックスしたインタラクションで話してとしても楽しいレクチャーでした
1:1では家庭医療の発展のごとく現場と理論の往復でこんな感じいけそうですが、
これが家庭医の現場を離れて、家庭医の言動を見ていない医学生のmass相手だとどんなレクチャーがいいのでしょうね?
かつてFPIG関西の活動、何回か夏期セミナーでも講師をしていましたが、今後もテーマになるのでしょうね~
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