最近はプロフェッショナル+当直の組み合わせが多いです・・・
前半がcallで見られなかったのですが、
後半は見ることができました
堀井不二夫さんというべテラン航空管制官のお話でした
印象的だったのは、管制官として自信をつけていた頃、
若手パイロットとの同乗体験を契機に「飛行機を捌くという管制」から、
「共に空を飛ぶ管制」に変容されたシーンでした
着陸前の緊張状態、操縦手技の多さ、それらを目の当たりにして考えが変わったそうです
それらを想像し、思い描くことで、タイミングよくパイロットに役立つ指示が出るそうです
堀井さんが管制すると、パイロットから「丁寧な指示をありがとう」と声が返ってくることが、
安心と信頼のある管制の何よりの証拠でした
『今、どういう気持ちでパイロットは飛んでいるのだろうか?』
管制技術に、その思いやりが溶けた瞬間、
それは最高の技術と態度となってパイロットを支えるものになるんだと感じました
声だけのやり取りだから、
声だからこその思いやりを強さを持っていないといけないのかもしれません
生の想像力を身につける
・・・患者さんがどういう気持ちで今入院しているのか?
・・・どんな気持ちで今日ここに受診してきたのか?
医療の知識や技術を提供するときにも、より伝えるために必要な想像力だと思いました
きっとこれって共感レベル3です
2008年9月1日月曜日
映像と音で、未来に気づく、未来を築く
今日、北海道家庭医療学センターのHPにとある動画がUpされました
参考URL:http://www.hcfm.jp/
*最初は遠くの花火のように映像と音声がズレます
しばらく待ってから見るとスムーズです
自分の組織なのに、たった数分の動画で感動してしまいました
きっとBGMや生の温かい言葉に触れたのが原因だと思います
初めてインターネット上で動画や音声を多数Upしていたのを目の当たりにしたのは、茂木健一郎さんの「クオリア日記」というブログでした
先日のFMラジオ出演もvoiceblogとしてUpされています
参考URL:http://www.voiceblog.jp/kin-ikyo/
*第61回と62回で「家庭医療」について話しています
今まで文字情報だけだったInternetが、
iTuneの音楽配信やYoutubeの動画配信を代表に、
多彩なメディアで情報を伝えられるようになっています
それをここ数年肌で感じて、面白い時代になったな~と感じています
文字表現の可能性とは別次元の、音と映像でのメッセージ
それは、とてつもなく大きな共感を生む装置になっているように思います
誰かの心地よい歌には耳を傾けてしまうように、
レストランの不思議な絵に目を奪われてしまうように、
音楽と美術がインターネットに溶けたときに、
人の持つ力や温もりや、そしてメッセージが強化されるように感じます
小説のように思索の世界への没入は出来ないし、
強制的にさらされる音と映像のスピードについていく困難も一方ではありますが、
一瞬にしてその世界への誘導力と、訴える表現力は、
やはり映像と音楽ですね・・・
文字は文字で好きで素敵なんですけど・・・
最近は、後期研修後の自分の仕事する場所について時々考えていました
滋賀に帰るか、北海道にまだしばらく残るか・・・
今日の映像に心奪われて、何か熱いものがこみ上げてきて滋賀への帰郷の念が薄らいでしまいました
思えば最終ゴールは滋賀なのですが、ゴールのテープを切る自分が、どこまで走ればゴールなのかを設定できていません
しばらく課題ですね…
外へのメッセージは、中へのメッセージにもなっているようにも感じてしまいました
そう思えば、作者の意図されない影響も音と映像の力ですね・・・
参考URL:http://www.hcfm.jp/
*最初は遠くの花火のように映像と音声がズレます
しばらく待ってから見るとスムーズです
自分の組織なのに、たった数分の動画で感動してしまいました
きっとBGMや生の温かい言葉に触れたのが原因だと思います
初めてインターネット上で動画や音声を多数Upしていたのを目の当たりにしたのは、茂木健一郎さんの「クオリア日記」というブログでした
先日のFMラジオ出演もvoiceblogとしてUpされています
参考URL:http://www.voiceblog.jp/kin-ikyo/
*第61回と62回で「家庭医療」について話しています
今まで文字情報だけだったInternetが、
iTuneの音楽配信やYoutubeの動画配信を代表に、
多彩なメディアで情報を伝えられるようになっています
それをここ数年肌で感じて、面白い時代になったな~と感じています
文字表現の可能性とは別次元の、音と映像でのメッセージ
それは、とてつもなく大きな共感を生む装置になっているように思います
誰かの心地よい歌には耳を傾けてしまうように、
レストランの不思議な絵に目を奪われてしまうように、
音楽と美術がインターネットに溶けたときに、
人の持つ力や温もりや、そしてメッセージが強化されるように感じます
小説のように思索の世界への没入は出来ないし、
強制的にさらされる音と映像のスピードについていく困難も一方ではありますが、
一瞬にしてその世界への誘導力と、訴える表現力は、
やはり映像と音楽ですね・・・
文字は文字で好きで素敵なんですけど・・・
最近は、後期研修後の自分の仕事する場所について時々考えていました
滋賀に帰るか、北海道にまだしばらく残るか・・・
今日の映像に心奪われて、何か熱いものがこみ上げてきて滋賀への帰郷の念が薄らいでしまいました
思えば最終ゴールは滋賀なのですが、ゴールのテープを切る自分が、どこまで走ればゴールなのかを設定できていません
しばらく課題ですね…
外へのメッセージは、中へのメッセージにもなっているようにも感じてしまいました
そう思えば、作者の意図されない影響も音と映像の力ですね・・・
登録:
投稿 (Atom)