今学びのテーマはリフレーミングです
このリフレーミング
大層奥が深い
ネガティブな物事には、ポジティブな側面がありますよ~かと思いきや、
出来事そのものの評価では無く、枠組みによって意味や焦点が変わるということだそうです
視点や価値観に固執しているとメタ認知ができず、
良い評価も悪い評価も同等で狭いものになってしまうことに気がつきました
良いの?悪いの?とあいまいになるほどリフレームがいい具合にゆれてくる感じです
実は、再来年以降の進路でずっと悩んでいました
先週のNLPプラクティショナーコースで、
ペアで互いに今の自分を紹介し、リフレームするというワークがありました
『2つの未来で悩んでいる状態』をリフレームしてもらい目から鱗でした
とある相手から、
「選択に悩んでいるのは、どちらかに決まったら強い自分を知っているからでは?」
との様な内容にリフレームされて、『そうか!!なるほど!!』と思ったからです
その方と、その後話をしていて、
「生き方を聞いて、決断の先にある強さを感じたから…」とのFeedbackをもらいました
帰宅して、嬉しそうにオクサマに報告したら、
「決まったら強いなんて、そんなん皆ちゃうん」と言われました
『そうか~確かに~』と、ガクッとしながらも、
“皆そうなんちゃうん”ことに気がつかず、悩んでいた自分にも気がつきました
姜尚中の「悩む力」を読んでも思いましたが、
悩むときには余計な陰性感情を持たず、丁寧に思考を熟成させる真面目さが必要ですね
その後、決断は大きな波に飲まれながらも、波に乗って動いています
昨夜電話したメンター曰く、
「人生が経つと、自分ひとりの決断では生きられなくなるよ」
「その波に飲まれて、乗ることも大切だね」
と言葉をもらいました
結局、縁とタイミングか・・・
そして、それを素敵なフレームで捉えて生きること・・・ですね
確かに、来年のことが決まって沸々と湧くモチベーションを感じるこの頃です
迷いには、迷う力とその力の奥に自分らしさがあることを知った週末でした
2008年12月16日火曜日
2008年12月8日月曜日
12月の京都の学府の地下で・・・
数えるともう5年連続です・・・
今年も関西の医学生による家庭医療の勉強会:FPIG関西の家庭医療冬期合宿に参加しました
かつての元気なスタッフ達が6年生で今年はもう開催しないかも・・・と思っていたのですが、
O先生のお誘いがきっかけとなって、新たなスタッフとして学生さんが名乗りを挙げてくれました
いろいろ大変だったと思いますが当日は8大学30名の参加でスタッフの頑張りに感銘しました
そして、このきっかけとなったO先生にも非常に感謝です
今回は後輩のS先生のプレゼン方法をモデリングしながら、昨年の忘れられない患者さんの物語を話すという挑戦をしました
いつもは目的を絞るのですが、今回はニーズが多彩で広かったので、あえて拡散して参加者がその中からテーマやメッセージを見つけてもらえたら・・・と思ってつくりました
準備期間も短く、前日深夜まで作っていたのですが、なんとか手ごたえあるWSになりました
多様な価値観を提供する物語なので、力強い白黒写真をイメージしました
プレゼンで、
・トーンを抑えて淡々と話す
・視覚聴覚体感に訴えるように表現を組み合わせる
・ストーリーテリングを意識する
・自分も世界に入る+反応を見てスピードを変える
という点を意識しました
らしくない話し方は挑戦でしたが、なんとかできました
反省は、
写真がまったく無い文字のみのスライドになったこと
特定の人とのアイコンタクトが多かったこと
です
学生さんたちの質問や反応はとても勉強になりました
この場が今後も継続してくれそうなことに感謝の気持ちでいっぱいになりました
そして、かつてFPIG関西を立ち上げた仲間とWSできたことが喜びでした
毎年参加しているので、来年こそはお休みしなきゃ・・・
と言いつつまた参加してそうです・・・
今年も関西の医学生による家庭医療の勉強会:FPIG関西の家庭医療冬期合宿に参加しました
かつての元気なスタッフ達が6年生で今年はもう開催しないかも・・・と思っていたのですが、
O先生のお誘いがきっかけとなって、新たなスタッフとして学生さんが名乗りを挙げてくれました
いろいろ大変だったと思いますが当日は8大学30名の参加でスタッフの頑張りに感銘しました
そして、このきっかけとなったO先生にも非常に感謝です
今回は後輩のS先生のプレゼン方法をモデリングしながら、昨年の忘れられない患者さんの物語を話すという挑戦をしました
いつもは目的を絞るのですが、今回はニーズが多彩で広かったので、あえて拡散して参加者がその中からテーマやメッセージを見つけてもらえたら・・・と思ってつくりました
準備期間も短く、前日深夜まで作っていたのですが、なんとか手ごたえあるWSになりました
多様な価値観を提供する物語なので、力強い白黒写真をイメージしました
プレゼンで、
・トーンを抑えて淡々と話す
・視覚聴覚体感に訴えるように表現を組み合わせる
・ストーリーテリングを意識する
・自分も世界に入る+反応を見てスピードを変える
という点を意識しました
らしくない話し方は挑戦でしたが、なんとかできました
反省は、
写真がまったく無い文字のみのスライドになったこと
特定の人とのアイコンタクトが多かったこと
です
学生さんたちの質問や反応はとても勉強になりました
この場が今後も継続してくれそうなことに感謝の気持ちでいっぱいになりました
そして、かつてFPIG関西を立ち上げた仲間とWSできたことが喜びでした
毎年参加しているので、来年こそはお休みしなきゃ・・・
と言いつつまた参加してそうです・・・
2008年11月29日土曜日
ストレッチする経験と時間をおいた再会
来る12月6日、7日に京都大学で家庭医療の勉強会に参加します
学生さんが主体で開催してくれている勉強会で、今年で五回目になります
一回目は学生として主催者
二回目は初期研修医としてWSの演者
三回目は後輩達のWSの統括、仲間とのOBセッションの開催
四回目は後輩のOBセッションのコーディネート
と歴史を振り返っても思い出多い勉強会です
そして、今年こそは欠席かと思っていましたが、
性懲りも無く参加することになりました(実は参加したかったのですが・・・)
今回は、90分の枠を目いっぱい使って物語を語ろうと思っています
先日の夏の総合診療セミナーで初期研修医のS先生が、
物語風にWSをやったのが魅力的だったので、一度やってみたいと思っていました
物語の主人公は、医師人生の4年間の中で忘れられないNさんと、その家族との4ヶ月です
ただ淡々と日記を読むように、物語を編むように、エッセイを綴る様に話す
チャレンジングなWSですが、Nさんとその家族との4ヶ月はその価値が十分に詰まっていて自信を持って臨めそうです
準備をしながら、
何度も何度もあのときのNさん、家族の皆さんと再会したような気分になりました
そして、そのときの自分とも再会したような感覚になりました
指導医から「家庭医としての宝物として経験」と表現されたのも納得です
今振り返っても、多くの意味や学びに満ちた経験だったと改めて思います
時間がたっているからこそ、再会は意味を深めるような気がしました
実は、先日14年ぶりに大切な人との再会があり、
その年歳月が経っているからこその、再会の味わい深さを覚えました
ただ懐かしいというよりも、喜びと切なさを混ぜたよう“懐かしい”という感覚でした
今、Nさんとその家族の物語をたどっていた中でも、
複雑で葛藤もあり苦い部分もありつつ、
その苦さのなかの豊かな香りや味わいのコクが、
熟成されたテイストになっているイメージを覚えました
一つの感情では記憶できていないと言うことが、大切な出来事の証拠なのかもしれません
と気づいた夜でした
学生さんが主体で開催してくれている勉強会で、今年で五回目になります
一回目は学生として主催者
二回目は初期研修医としてWSの演者
三回目は後輩達のWSの統括、仲間とのOBセッションの開催
四回目は後輩のOBセッションのコーディネート
と歴史を振り返っても思い出多い勉強会です
そして、今年こそは欠席かと思っていましたが、
性懲りも無く参加することになりました(実は参加したかったのですが・・・)
今回は、90分の枠を目いっぱい使って物語を語ろうと思っています
先日の夏の総合診療セミナーで初期研修医のS先生が、
物語風にWSをやったのが魅力的だったので、一度やってみたいと思っていました
物語の主人公は、医師人生の4年間の中で忘れられないNさんと、その家族との4ヶ月です
ただ淡々と日記を読むように、物語を編むように、エッセイを綴る様に話す
チャレンジングなWSですが、Nさんとその家族との4ヶ月はその価値が十分に詰まっていて自信を持って臨めそうです
準備をしながら、
何度も何度もあのときのNさん、家族の皆さんと再会したような気分になりました
そして、そのときの自分とも再会したような感覚になりました
指導医から「家庭医としての宝物として経験」と表現されたのも納得です
今振り返っても、多くの意味や学びに満ちた経験だったと改めて思います
時間がたっているからこそ、再会は意味を深めるような気がしました
実は、先日14年ぶりに大切な人との再会があり、
その年歳月が経っているからこその、再会の味わい深さを覚えました
ただ懐かしいというよりも、喜びと切なさを混ぜたよう“懐かしい”という感覚でした
今、Nさんとその家族の物語をたどっていた中でも、
複雑で葛藤もあり苦い部分もありつつ、
その苦さのなかの豊かな香りや味わいのコクが、
熟成されたテイストになっているイメージを覚えました
一つの感情では記憶できていないと言うことが、大切な出来事の証拠なのかもしれません
と気づいた夜でした
2008年11月28日金曜日
回復と再構成 ゼロの意味とゼロの設定とは?
印象的な一週間でした
しばらく声が出なかった人の“声”を聴いた瞬間
帰れないかもと思っていた方の帰宅の方針が固まった会議
話すことも、家に住むことも
多くの人にとっては「当たり前」のことなんですが、
この仕事をしていると、「当たり前」や「普通」に霧がかかり、
切り離された方々との出会いが多くあります
その中で、多くはそのままですが、
今週のように「回復」する過程を経験して、この上ない喜びを感じました
多くはそのままですが、と書きましたが、
時間が経つと「回復」ではなく「再構成」を経験することは片手くらいありました・・・
「再構成」は喜びというよりも感銘を受けます
医師になろうと思ったとき、
当初は「その人の人生の軌道が、病でズレたときにもとに戻す仕事」と考えていましたが、
家庭医を目指すようになって、「病でズレたときにその新しい軌道を支える仕事」と思うようになっていました
その中でも、やはり「回復」や「もとに戻りつつある過程」を経験することはは嬉しいことでした
マイナスをゼロに、ゼロをプラスに、
回復の過程も、再構成の過程も、サポートできる存在でありたいと思った一週間でした
昔父親に、「今が幸せなんやで。明日虫歯で痛くなったら、つらいけどその後今日みたいに痛くなかったら、『なんていい日なんや』って思うやろ?」って言われたことを思い出しました。
幸せはいつも相対的で、ゼロの設定がどこにあるかが大切だと改めて思いました
しばらく声が出なかった人の“声”を聴いた瞬間
帰れないかもと思っていた方の帰宅の方針が固まった会議
話すことも、家に住むことも
多くの人にとっては「当たり前」のことなんですが、
この仕事をしていると、「当たり前」や「普通」に霧がかかり、
切り離された方々との出会いが多くあります
その中で、多くはそのままですが、
今週のように「回復」する過程を経験して、この上ない喜びを感じました
多くはそのままですが、と書きましたが、
時間が経つと「回復」ではなく「再構成」を経験することは片手くらいありました・・・
「再構成」は喜びというよりも感銘を受けます
医師になろうと思ったとき、
当初は「その人の人生の軌道が、病でズレたときにもとに戻す仕事」と考えていましたが、
家庭医を目指すようになって、「病でズレたときにその新しい軌道を支える仕事」と思うようになっていました
その中でも、やはり「回復」や「もとに戻りつつある過程」を経験することはは嬉しいことでした
マイナスをゼロに、ゼロをプラスに、
回復の過程も、再構成の過程も、サポートできる存在でありたいと思った一週間でした
昔父親に、「今が幸せなんやで。明日虫歯で痛くなったら、つらいけどその後今日みたいに痛くなかったら、『なんていい日なんや』って思うやろ?」って言われたことを思い出しました。
幸せはいつも相対的で、ゼロの設定がどこにあるかが大切だと改めて思いました
2008年11月5日水曜日
それは誰のストレスかを知ることの距離感
忘れないうちに、最近の気づきを・・・
「周囲の人のストレスを、自分のストレスにしない」
患者さんのストレスを傾聴しながら、逆転移で自分のストレスにすると、
とても深く共感できるのですが、ちょっと危ないやり方だそうです
でも、さすがに医師患者関係はどこか客観的になる距離感なので、
そこまで患者さんのストレスが巨大でない限りやられないのですが・・・
ちょっと近い人のストレスが、
最近強くてそれを自分のことのようにストレスに感じていました
感じなくてもよいのに・・・
familyもcommunityもほとんどのcontextが順調なのに、
なんだこの疲労感??と思っていたのですが、
一緒に居る人のストレスが高いと、その影響も強いことを自覚しました
今の立場でそこまで強く感じなくてもよいストレスを貰いすぎていました・・・
しかも、その人たちもそこまでのストレスと思っていないかもしれないのに・・・
気づいてよかったけど、どう考え・距離をとるべきか・・・
同期は「楽しんで眺めたらいいよ」と言ってくれました
見方・距離感をどう捉えるか
扇子一本置いて心の中に敷居を作るように、
自分で境界線を引く作業をしないといけないのでしょうね
情報過多の時代に、自然に情報を取捨選択しているように、
他人のストレスも、
察知と理解をして気遣うところと、
巻き込まれて傷つくからあえて触れないところに分ける
そんな線を引かないといけないのかもしれません・・・
さて、それは直線なのか、点線なのか・・・
そして、発想を変えてみると、
「自分のストレスを、周囲の人にあげないように!」しないとな・・・と思いました
「周囲の人のストレスを、自分のストレスにしない」
患者さんのストレスを傾聴しながら、逆転移で自分のストレスにすると、
とても深く共感できるのですが、ちょっと危ないやり方だそうです
でも、さすがに医師患者関係はどこか客観的になる距離感なので、
そこまで患者さんのストレスが巨大でない限りやられないのですが・・・
ちょっと近い人のストレスが、
最近強くてそれを自分のことのようにストレスに感じていました
感じなくてもよいのに・・・
familyもcommunityもほとんどのcontextが順調なのに、
なんだこの疲労感??と思っていたのですが、
一緒に居る人のストレスが高いと、その影響も強いことを自覚しました
今の立場でそこまで強く感じなくてもよいストレスを貰いすぎていました・・・
しかも、その人たちもそこまでのストレスと思っていないかもしれないのに・・・
気づいてよかったけど、どう考え・距離をとるべきか・・・
同期は「楽しんで眺めたらいいよ」と言ってくれました
見方・距離感をどう捉えるか
扇子一本置いて心の中に敷居を作るように、
自分で境界線を引く作業をしないといけないのでしょうね
情報過多の時代に、自然に情報を取捨選択しているように、
他人のストレスも、
察知と理解をして気遣うところと、
巻き込まれて傷つくからあえて触れないところに分ける
そんな線を引かないといけないのかもしれません・・・
さて、それは直線なのか、点線なのか・・・
そして、発想を変えてみると、
「自分のストレスを、周囲の人にあげないように!」しないとな・・・と思いました
2008年10月19日日曜日
その人を知るための大切な過去
今週は新しい職場の初日
本来5名体制が3名体制という思いがけず波乱の幕開けも加わり、
種々のテンポがつかめなかったと反省・・・
それでも、状態把握や課題整理、
冬期セミナーに向けての会議も大いに進められました
来週から加速します
さて、一昨日帰宅直後にふらっとつけたNHK
「その時歴史が動いた」で思いがけず涙しました
19歳という若さでアイヌの女性が、
「アイヌ神謡集」というアイヌ民謡の翻訳・編纂を行った物語でした
彼女の名前は知里幸恵
その原稿の校正を終えた日に、まさに命を燃やすように亡くなってしまったという突き刺さるエピソードもありました
そして何よりも、
自らのアイヌとしてのアイデンティティの再構築の過程が、
今まで大切にされてこなかったもの、見過ごされてきたものへの愛と自信に変わる姿がとても印象的でした
彼女の命を賭けた本は、その後アイヌ民族の復興と再評価への礎となったそうです
すごい19歳だと感じました
その後調べた、「アイヌ神謡集」の序文に感動しました
----------------
序
その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.
天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.
冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り,花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて,永久に囀《さえ》ずる小鳥と共に歌い暮して蕗《ふき》とり蓬《よもぎ》摘み,紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて,宵まで鮭とる篝《かがり》も消え,谷間に友呼ぶ鹿の音を外に,円《まど》かな月に夢を結ぶ.嗚呼なんという楽しい生活でしょう.
平和の境,それも今は昔,夢は破れて幾十年,この地は急速な変転をなし,山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく.
太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて,野辺に山辺に嬉々として暮していた多くの民の行方も亦いずこ.
僅かに残る私たち同族は,進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり.
しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて,不安に充ち不平に燃え,鈍りくらんで行手も見わかず,よその御慈悲にすがらねばならぬ,あさましい姿,おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名,なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう.
その昔,幸福な私たちの先祖は,自分のこの郷土が末にこうした惨めなありさまに変ろうなどとは,露ほども想像し得なかったのでありましょう.
時は絶えず流れる,世は限りなく進展してゆく.
激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも,いつかは,二人三人でも強いものが出て来たら,進みゆく世と歩をならべる日も,やがては来ましょう.それはほんとうに私たちの切なる望み,明暮《あけくれ》祈っている事で御座います.
けれど……愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語,言い古し,残し伝えた多くの美しい言葉,それらのものもみんな果敢なく,亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか.おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います.
アイヌに生れアイヌ語の中に生いたった私は,雨の宵,雪の夜,暇ある毎に打集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中極く小さな話の一つ二つを拙ない筆に書連ねました.
私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば,私は,私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び,無上の幸福に存じます.
大正十一年三月一日 知里幸惠
----------------
やっぱり、すごい19歳です
番組を見ていて、自分は過去の大切なものを忘れて生きているんだな…と感じました
ノスタルジーや温故知新といってしまえば、それまでなのですが、
数年前、数ヶ月前、数日前に感じた複数のものとオーバーラップしました
ひとつは、西洋医学の限界から興った、医学における人間性の回復をひとつのコアとしている家庭医療を学びながら感じていること
そして、「学習する組織」「システムシンキング」などで最近は読み進めているピータ・センゲの最近の著書『出現する未来』でも述べられた、現代を新しく生きるための“仏教的”思考で思ったこと
最近では、実家に帰って、自分を構成してきた過去と再会する日々を過ごして体感したこと
それら、全てが、(のぼせない程度に)
「大切な過去を思い出す」ことの大切さを教えてくれました
今日の番組はとどめですね・・・
過去を振り返らない、前だけ向いて進むとき。
人は大切なことを忘れて、しまっているのかもしれません
辛い過去も引き連れて生きるときこそ、
過去の辛さが幸せとなって自分を有るときから支えてくれるのかもしれません
「大切な過去を思い出す」を大切にしたいです
それは、自分も、相手も同じで・・・
本来5名体制が3名体制という思いがけず波乱の幕開けも加わり、
種々のテンポがつかめなかったと反省・・・
それでも、状態把握や課題整理、
冬期セミナーに向けての会議も大いに進められました
来週から加速します
さて、一昨日帰宅直後にふらっとつけたNHK
「その時歴史が動いた」で思いがけず涙しました
19歳という若さでアイヌの女性が、
「アイヌ神謡集」というアイヌ民謡の翻訳・編纂を行った物語でした
彼女の名前は知里幸恵
その原稿の校正を終えた日に、まさに命を燃やすように亡くなってしまったという突き刺さるエピソードもありました
そして何よりも、
自らのアイヌとしてのアイデンティティの再構築の過程が、
今まで大切にされてこなかったもの、見過ごされてきたものへの愛と自信に変わる姿がとても印象的でした
彼女の命を賭けた本は、その後アイヌ民族の復興と再評価への礎となったそうです
すごい19歳だと感じました
その後調べた、「アイヌ神謡集」の序文に感動しました
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序
その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.
天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう.
冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い鴎の歌を友に木の葉の様な小舟を浮べてひねもす魚を漁り,花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて,永久に囀《さえ》ずる小鳥と共に歌い暮して蕗《ふき》とり蓬《よもぎ》摘み,紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて,宵まで鮭とる篝《かがり》も消え,谷間に友呼ぶ鹿の音を外に,円《まど》かな月に夢を結ぶ.嗚呼なんという楽しい生活でしょう.
平和の境,それも今は昔,夢は破れて幾十年,この地は急速な変転をなし,山野は村に,村は町にと次第々々に開けてゆく.
太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて,野辺に山辺に嬉々として暮していた多くの民の行方も亦いずこ.
僅かに残る私たち同族は,進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり.
しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて,不安に充ち不平に燃え,鈍りくらんで行手も見わかず,よその御慈悲にすがらねばならぬ,あさましい姿,おお亡びゆくもの……それは今の私たちの名,なんという悲しい名前を私たちは持っているのでしょう.
その昔,幸福な私たちの先祖は,自分のこの郷土が末にこうした惨めなありさまに変ろうなどとは,露ほども想像し得なかったのでありましょう.
時は絶えず流れる,世は限りなく進展してゆく.
激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも,いつかは,二人三人でも強いものが出て来たら,進みゆく世と歩をならべる日も,やがては来ましょう.それはほんとうに私たちの切なる望み,明暮《あけくれ》祈っている事で御座います.
けれど……愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用いた多くの言語,言い古し,残し伝えた多くの美しい言葉,それらのものもみんな果敢なく,亡びゆく弱きものと共に消失せてしまうのでしょうか.おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います.
アイヌに生れアイヌ語の中に生いたった私は,雨の宵,雪の夜,暇ある毎に打集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中極く小さな話の一つ二つを拙ない筆に書連ねました.
私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事が出来ますならば,私は,私たちの同族祖先と共にほんとうに無限の喜び,無上の幸福に存じます.
大正十一年三月一日 知里幸惠
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やっぱり、すごい19歳です
番組を見ていて、自分は過去の大切なものを忘れて生きているんだな…と感じました
ノスタルジーや温故知新といってしまえば、それまでなのですが、
数年前、数ヶ月前、数日前に感じた複数のものとオーバーラップしました
ひとつは、西洋医学の限界から興った、医学における人間性の回復をひとつのコアとしている家庭医療を学びながら感じていること
そして、「学習する組織」「システムシンキング」などで最近は読み進めているピータ・センゲの最近の著書『出現する未来』でも述べられた、現代を新しく生きるための“仏教的”思考で思ったこと
最近では、実家に帰って、自分を構成してきた過去と再会する日々を過ごして体感したこと
それら、全てが、(のぼせない程度に)
「大切な過去を思い出す」ことの大切さを教えてくれました
今日の番組はとどめですね・・・
過去を振り返らない、前だけ向いて進むとき。
人は大切なことを忘れて、しまっているのかもしれません
辛い過去も引き連れて生きるときこそ、
過去の辛さが幸せとなって自分を有るときから支えてくれるのかもしれません
「大切な過去を思い出す」を大切にしたいです
それは、自分も、相手も同じで・・・
2008年9月28日日曜日
半年間の振り返りで気づいたこと・・・
3日前にこの半年間の振り返りがありました
北海道家庭医療学センターでは、
指導医と3ヶ月ごとに振り返りを行っているですが、
前回アクシデントで飛んでしまったので、札幌に来て初の振り返りです
昨年までは大体1ヶ月ごとに振り返りをしていました。
しかも毎週振り返りの時間を作り、記録していたのでビデオの記録のような振り返りが多かったのです。
が、
準備に向けてほぼ1週間、手帳を見ながら思い起こしながら…
4月から9月まで・・・を振り返ってみました。
ざっくりとした中でも、大きなテーマがいくつかありました。
・不慣れな病棟だったけど、種々の要因・支援で家庭医のままで働けたこと
・子供が生まれたことでの公私にわたる味わい深く、一部葛藤を伴う変化
・新しい職場での働き方のクセや、背伸びしてしまう自分の傾向
・自分が本当にやりたいと思っている仕事への情熱
などなど・・・
その様々な構成要素とそれらのインタラクションがボワッと見えてきました。
ひとつの事象が、別の事象と一塊となって、その集合体への振り返りがに多くなりました。
今回は、意図せずそうなってしまったのですが、それが良かったです。
当日も、いつもより生き方、働き方、ライフワークバランスなどが話題の中心となっていました
事例ごと、事象ごとの振り返りは、減ってしまったのですが、
今回は指導医からのコメントも非常にメタでした
振り返る時間がより長くなると、
気づきや内省が、よりメタになるんだな・・・と実感しました
たまには一年間を振り返る、とか
今日までの人生を振り返る、とか
やると違うんでしょうね・・・
やるといいんでしょうね・・・
今回は、
・種々の成功体験を「よかったよかった」にしない。成功の条件が揃っていたことを忘れない。
・仕事が順調なときほど仕事を増やさない
(これはこの振り返りの翌日、同じ病院の同期にも言われました。しかも、システム理論でも支持された内容と・・・)
・自分の役割を理解して徹して全うする
などなど、大切にすべき気づきやメッセージを感じました。
しみじみ感じました。
最近読んだ本に、
『学ぶことは壊れること。壊れるからこそ新たに生まれることがある』
とありました
この半年間の学びで、自分の一部が壊れゆく感じは、怖かったし、時に痛かったけど、
前を向いて、楽しんでいたからこそ、今生まれつつある新しい自分も歓迎できています
やはり非常に深い機会になりました
来週末からようやく夏休暇です
日本海の船旅、実家ライフ、アートな離島を楽しみます!!
勝手にサバティカルと名付けて、いろいろReflectionしてみようかな・・・
北海道家庭医療学センターでは、
指導医と3ヶ月ごとに振り返りを行っているですが、
前回アクシデントで飛んでしまったので、札幌に来て初の振り返りです
昨年までは大体1ヶ月ごとに振り返りをしていました。
しかも毎週振り返りの時間を作り、記録していたのでビデオの記録のような振り返りが多かったのです。
が、
準備に向けてほぼ1週間、手帳を見ながら思い起こしながら…
4月から9月まで・・・を振り返ってみました。
ざっくりとした中でも、大きなテーマがいくつかありました。
・不慣れな病棟だったけど、種々の要因・支援で家庭医のままで働けたこと
・子供が生まれたことでの公私にわたる味わい深く、一部葛藤を伴う変化
・新しい職場での働き方のクセや、背伸びしてしまう自分の傾向
・自分が本当にやりたいと思っている仕事への情熱
などなど・・・
その様々な構成要素とそれらのインタラクションがボワッと見えてきました。
ひとつの事象が、別の事象と一塊となって、その集合体への振り返りがに多くなりました。
今回は、意図せずそうなってしまったのですが、それが良かったです。
当日も、いつもより生き方、働き方、ライフワークバランスなどが話題の中心となっていました
事例ごと、事象ごとの振り返りは、減ってしまったのですが、
今回は指導医からのコメントも非常にメタでした
振り返る時間がより長くなると、
気づきや内省が、よりメタになるんだな・・・と実感しました
たまには一年間を振り返る、とか
今日までの人生を振り返る、とか
やると違うんでしょうね・・・
やるといいんでしょうね・・・
今回は、
・種々の成功体験を「よかったよかった」にしない。成功の条件が揃っていたことを忘れない。
・仕事が順調なときほど仕事を増やさない
(これはこの振り返りの翌日、同じ病院の同期にも言われました。しかも、システム理論でも支持された内容と・・・)
・自分の役割を理解して徹して全うする
などなど、大切にすべき気づきやメッセージを感じました。
しみじみ感じました。
最近読んだ本に、
『学ぶことは壊れること。壊れるからこそ新たに生まれることがある』
とありました
この半年間の学びで、自分の一部が壊れゆく感じは、怖かったし、時に痛かったけど、
前を向いて、楽しんでいたからこそ、今生まれつつある新しい自分も歓迎できています
やはり非常に深い機会になりました
来週末からようやく夏休暇です
日本海の船旅、実家ライフ、アートな離島を楽しみます!!
勝手にサバティカルと名付けて、いろいろReflectionしてみようかな・・・
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