忘れないうちに、最近の気づきを・・・
「周囲の人のストレスを、自分のストレスにしない」
患者さんのストレスを傾聴しながら、逆転移で自分のストレスにすると、
とても深く共感できるのですが、ちょっと危ないやり方だそうです
でも、さすがに医師患者関係はどこか客観的になる距離感なので、
そこまで患者さんのストレスが巨大でない限りやられないのですが・・・
ちょっと近い人のストレスが、
最近強くてそれを自分のことのようにストレスに感じていました
感じなくてもよいのに・・・
familyもcommunityもほとんどのcontextが順調なのに、
なんだこの疲労感??と思っていたのですが、
一緒に居る人のストレスが高いと、その影響も強いことを自覚しました
今の立場でそこまで強く感じなくてもよいストレスを貰いすぎていました・・・
しかも、その人たちもそこまでのストレスと思っていないかもしれないのに・・・
気づいてよかったけど、どう考え・距離をとるべきか・・・
同期は「楽しんで眺めたらいいよ」と言ってくれました
見方・距離感をどう捉えるか
扇子一本置いて心の中に敷居を作るように、
自分で境界線を引く作業をしないといけないのでしょうね
情報過多の時代に、自然に情報を取捨選択しているように、
他人のストレスも、
察知と理解をして気遣うところと、
巻き込まれて傷つくからあえて触れないところに分ける
そんな線を引かないといけないのかもしれません・・・
さて、それは直線なのか、点線なのか・・・
そして、発想を変えてみると、
「自分のストレスを、周囲の人にあげないように!」しないとな・・・と思いました
2008年11月5日水曜日
2008年1月18日金曜日
困難に立ち向かえ 艱難汝を玉にす
ストレスイベントがあった。
それがストレスイベントなのは、
それ自体がストレスなのと、
それにストレスを感じる自分にもストレスを感じたから・・・。
最近、こんなストレスも「振り返り」で消化している。
なので、ストレスを感じた瞬間
「なんで今、ストレスを感じたんだろう?そのストレスの成分は?」
という呟きが生まれる。
ある大切な機会に、陰性感情を持ってしまったこと。
折角のチャンスもこれでもはもったいない。
帰り道の車内でひとつ気付く。
『タイミングが良くなかったな・・・』
『状況を察知して、自分を変化させないとな・・・』
ストレスの成分分析に必ず自分の要素がある。
また別の角度で思いつく、
『陰性感情を持つポイントこそが自分と相手との大きな差異なのかも・・・』
それがストレスイベントなのは、
それ自体がストレスなのと、
それにストレスを感じる自分にもストレスを感じたから・・・。
最近、こんなストレスも「振り返り」で消化している。
なので、ストレスを感じた瞬間
「なんで今、ストレスを感じたんだろう?そのストレスの成分は?」
という呟きが生まれる。
ある大切な機会に、陰性感情を持ってしまったこと。
折角のチャンスもこれでもはもったいない。
帰り道の車内でひとつ気付く。
『タイミングが良くなかったな・・・』
『状況を察知して、自分を変化させないとな・・・』
ストレスの成分分析に必ず自分の要素がある。
また別の角度で思いつく、
『陰性感情を持つポイントこそが自分と相手との大きな差異なのかも・・・』
こう考えると、ストレスも自己認識のツールになる。
そして、こんな風に考えていると、いつしか陰性感情は消えてなくなる・・・
毎回、こう上手くいく訳ではないけれど、前より上手くなったように思う。
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