2009年1月14日水曜日

どちらがよいか、でなく何が大切か

人生の選択の話です



毎朝選択していることがあります
「車で行くか、地下鉄で行くか」

車なら時間がかからないし、地下鉄なら渋滞なく時間が確実に読めます

その日の積雪、路面状況、出勤時間、除雪の作業時間など、
一瞬考えて決めて「いってきます」を言います

一瞬の迷いは生まれますが、
時刻と天気で自ずと答えが見つかります

どちらかがストンと落ちてきます



30年弱を振り返っても、人生は選択と決断の連続・・・

☆中3 塾で目標にしていた京都の私立高校でなく、滋賀の公立高校にしたとき
○高3 長年の夢だった教育学部を前期後期で受験、医学部を推薦受験にしたとき
△医学部6年生 憧れの本州の病院でなく、北海道の病院にしたとき

迷いはしたけど、
☆「地元の友人・人間関係が大切」「勉強一色でなく部活などにも励みたい」
○「教師か医師か決められない、運を天に任せよう」「合格した方が使命だ」
△「HCFMで医師としての大切な態度や姿勢を身につけたい」「北海道の先輩達から学び、仲間達と仕事をしたい」

と、それぞれ大切なものが見えて
(高校のときは本当にどちらでも同じキャリアアンカーであるということが見えて運を天に任せて)
答えがストンと出ました



そして、再び選択の時期が訪れています

ついこの間まで、
二者択一だったのに、さらに偶然にも選択肢が増えました
それぞれに思い入れもあり、どう考えても同等の価値を見出してしまいます

「計画された偶然性」と認識し、偶然を優先するなら決まり!

ですが、
そう飛び乗るよりも、時間が許されている範囲で悩みたいと思います


きっとどれになっても良いのでしょうが、
その前に、今気づいていない大切なものを見つけたいです
新しい価値観や目標があってこその選択だと思っています


う~ん…そうではなくて結局は覚悟なのか、環境なのか・・・


この迷いは、迷いのままで抱えることで大切な時間をすごせそうです

決断することも重要ですが、決断への過程でのコミットメントやモチベーションを構築することが、
その決断を肯定的に支持する自分になるための大切な作業のように思うのです


どちらにせよ、
「挑戦できる舞台で、学び続け、専門性を深めながら、組織と現場に貢献する!!」
一生やり続けたいことですね・・・

2009年1月12日月曜日

一瞬も 一生も そして時に一生を感じる一瞬を

年始の企業広告で忘れられないものがあります


一瞬も 一生も 美しく


企業広告の中で、資生堂のコーポレートメッセージの一面広告です
http://www.shiseido.co.jp/corporate-ad/090101ad.htm


素敵な言葉で、
コピーという言葉がもったいないくらい、
大切なメッセージを感じます


「美しい」という形容詞ではなく、
「美しく」という副詞(正確には形容詞の連用形!?)にしたことで、

「美しい-美しくない」という世界から
「少し美しく-より美しく-もっと美しく-さらに美しく」というベクトルの世界になっていることが印象的でした


形容詞で断定するのではなく、副詞で可能性を開く
見る人にとって普遍的可変的なメッセージになっている気がしました



このメッセージをみてスグにおもったことが、


一瞬も 一生も 勉強


瞬間、瞬間の出来事の振り返り
今日までの人生の積み重ね
家庭医としての学びに満ちているということを感じます


そして、ある判断、ある外来の一瞬にこそ、今日までの人生が詰まるときがあるとも感じており、
今の年齢での人生を感じる一瞬を味わいたいと思います


今年もそんな日記を続けたいと思います

2008年12月25日木曜日

おかげさんで 自分の資源と思っていたものの向こうに・・・

先日洞爺湖畔で行われた北海道家庭医療学センターのローテーション会議+オリエンテーション

来年の大きな道が決まりました!!再来年以降の道も見定めつつ・・・

そこでチーフのMさん、K太郎君が編集してくれた自己紹介冊子を読んでいて、お勧めの多かった「Live Hacks」を帰ってすぐ購入しました

そして通勤の地下鉄で読破!本の序盤に「自分の口癖を考えましょう(5分)」というお題が出ました

ちょうどその時、大通駅で乗り換え待ちだったので、
『札幌駅着くまでに思いついたものにしよう!!』と心に決め、
・・・
・・・
と、考えていると、ふと
「おかげさん」という言葉が出てきました
そして札幌到着


これは地元のごえんさん(=ご住職)によく教えてもらった言葉です
ごえんさんの姿と声とそこにいるかのようにセットで思い出されました

ずっと小学生時代の夏休みは、ラジオ体操の後には必ずお寺でお経の勉強でした
濃厚な自分のContextです
ラジオ体操のスタンプカードと正信偈の本が毎朝の持ち物でした

「おかげさん」
謙虚さの混じった感謝の言葉で素敵ですね~
いい言葉が思いついたもんです



今年は4月から9月まで怒涛のレクチャー漬けで疲れてしまい、
最近封印していたのですが、重なるときは重なるもので12月上旬だけ4つのレクチャーを行いました

①12/6 学生向け家庭医療レクチャー「昨年最も印象に残った患者さんの物語+家庭医療学的振り返り」90分
②12/12 地域住民向け健康講話「高齢者の“健康”づくり」60分
③12/14 HCFMオリエンテーション「振り返りとポートフォリオ」60分
④12/18 プリセプター向け講演会「成人学習理論とFeedback」90分

いずれも、ぎりぎりの準備で泣きそうなときもありましたが、
本番は上手く伝えられた手ごたえを感じました

新たなプレゼンスタイル、新たな聴衆も経験できて実りの多い機会でした

実は「おかげさんで」の言葉と再会するまでは、
『この4つのレクチャーが短期間にできた自分の資源はなんだったんだろう??』とNLP的に振り返っていました

今は『誰の、何のおかげさんでその資源があったのだろう』と考えるようにしています

①はその患者さんとの出会いと日々、経験を支え共に振り返ってくださったK先生の存在、振り返りの場を教育的に用意するHCFMの環境、発表の場を下さった学生さんと、そのきっかけのO先生・・・・・

②は、K先生の外来プリセプティングでの言葉、それで購入した本を読んだこと、以前に室蘭の診療所で同じテーマで経験するチャンスがあったこと、そしてアントノフスキーさん・・・・・

③は教師というかつての夢の存在、興味関心が強い分野で本を多く持っていたこと、日々の実践と振り返りの振り返りができたこと、HANDSのHPが公開されていたこと、室蘭の病院で高価だけど良書の医学教育の本がコピーしやすいバインダーだったこと・・・・・・

④は看護管理部に僕を紹介してくださった師長さんと推してくださった主任さん、Feedbackのレクチャーの機会を以前に創ってくださったD先生、看護教育という雑誌を知った図書館バイト時代、事前アンケートを送ってくださったSさん・・・・・・

などなど、もっとあげればきりが無いくらいの、「おかげさん」だらけです


NLP的に『資源』というと確かにかっこいいので好きですが、
よくよく考えると、「おかげさん」だらけ

・人との出会いとそれからの関係性
・良書との出会い
・学ぶ場の力
・人生の何気ない経験
・未知への挑戦
などの集積が、この連続レクチャーを支えていたものを支えてくれていたと気づきました

だんだん大人になって、ひとりで何でも出来る感じがする危ない時に、
この「おかげさん」は、おかげさんで効きますね~


自分の口癖になるように、振り返りに使っていこうと思います

2008年12月16日火曜日

悩みの奥にある力を知る週末

今学びのテーマはリフレーミングです

このリフレーミング
大層奥が深い

ネガティブな物事には、ポジティブな側面がありますよ~かと思いきや、
出来事そのものの評価では無く、枠組みによって意味や焦点が変わるということだそうです


視点や価値観に固執しているとメタ認知ができず、
良い評価も悪い評価も同等で狭いものになってしまうことに気がつきました

良いの?悪いの?とあいまいになるほどリフレームがいい具合にゆれてくる感じです


実は、再来年以降の進路でずっと悩んでいました
先週のNLPプラクティショナーコースで、
ペアで互いに今の自分を紹介し、リフレームするというワークがありました

『2つの未来で悩んでいる状態』をリフレームしてもらい目から鱗でした

とある相手から、
「選択に悩んでいるのは、どちらかに決まったら強い自分を知っているからでは?」
との様な内容にリフレームされて、『そうか!!なるほど!!』と思ったからです


その方と、その後話をしていて、
「生き方を聞いて、決断の先にある強さを感じたから…」とのFeedbackをもらいました


帰宅して、嬉しそうにオクサマに報告したら、
「決まったら強いなんて、そんなん皆ちゃうん」と言われました

『そうか~確かに~』と、ガクッとしながらも、
“皆そうなんちゃうん”ことに気がつかず、悩んでいた自分にも気がつきました

姜尚中の「悩む力」を読んでも思いましたが、
悩むときには余計な陰性感情を持たず、丁寧に思考を熟成させる真面目さが必要ですね



その後、決断は大きな波に飲まれながらも、波に乗って動いています

昨夜電話したメンター曰く、
「人生が経つと、自分ひとりの決断では生きられなくなるよ」
「その波に飲まれて、乗ることも大切だね」
と言葉をもらいました


結局、縁とタイミングか・・・
そして、それを素敵なフレームで捉えて生きること・・・ですね

確かに、来年のことが決まって沸々と湧くモチベーションを感じるこの頃です

迷いには、迷う力とその力の奥に自分らしさがあることを知った週末でした

2008年12月8日月曜日

12月の京都の学府の地下で・・・

数えるともう5年連続です・・・
今年も関西の医学生による家庭医療の勉強会:FPIG関西の家庭医療冬期合宿に参加しました

かつての元気なスタッフ達が6年生で今年はもう開催しないかも・・・と思っていたのですが、
O先生のお誘いがきっかけとなって、新たなスタッフとして学生さんが名乗りを挙げてくれました
いろいろ大変だったと思いますが当日は8大学30名の参加でスタッフの頑張りに感銘しました

そして、このきっかけとなったO先生にも非常に感謝です


今回は後輩のS先生のプレゼン方法をモデリングしながら、昨年の忘れられない患者さんの物語を話すという挑戦をしました

いつもは目的を絞るのですが、今回はニーズが多彩で広かったので、あえて拡散して参加者がその中からテーマやメッセージを見つけてもらえたら・・・と思ってつくりました

準備期間も短く、前日深夜まで作っていたのですが、なんとか手ごたえあるWSになりました


多様な価値観を提供する物語なので、力強い白黒写真をイメージしました

プレゼンで、
・トーンを抑えて淡々と話す
・視覚聴覚体感に訴えるように表現を組み合わせる
・ストーリーテリングを意識する
・自分も世界に入る+反応を見てスピードを変える
という点を意識しました

らしくない話し方は挑戦でしたが、なんとかできました


反省は、
写真がまったく無い文字のみのスライドになったこと
特定の人とのアイコンタクトが多かったこと
です


学生さんたちの質問や反応はとても勉強になりました

この場が今後も継続してくれそうなことに感謝の気持ちでいっぱいになりました
そして、かつてFPIG関西を立ち上げた仲間とWSできたことが喜びでした


毎年参加しているので、来年こそはお休みしなきゃ・・・
と言いつつまた参加してそうです・・・

2008年11月29日土曜日

ストレッチする経験と時間をおいた再会

来る12月6日、7日に京都大学で家庭医療の勉強会に参加します

学生さんが主体で開催してくれている勉強会で、今年で五回目になります

一回目は学生として主催者
二回目は初期研修医としてWSの演者
三回目は後輩達のWSの統括、仲間とのOBセッションの開催
四回目は後輩のOBセッションのコーディネート
と歴史を振り返っても思い出多い勉強会です


そして、今年こそは欠席かと思っていましたが、
性懲りも無く参加することになりました(実は参加したかったのですが・・・)


今回は、90分の枠を目いっぱい使って物語を語ろうと思っています


先日の夏の総合診療セミナーで初期研修医のS先生が、
物語風にWSをやったのが魅力的だったので、一度やってみたいと思っていました


物語の主人公は、医師人生の4年間の中で忘れられないNさんと、その家族との4ヶ月です


ただ淡々と日記を読むように、物語を編むように、エッセイを綴る様に話す

チャレンジングなWSですが、Nさんとその家族との4ヶ月はその価値が十分に詰まっていて自信を持って臨めそうです



準備をしながら、
何度も何度もあのときのNさん、家族の皆さんと再会したような気分になりました

そして、そのときの自分とも再会したような感覚になりました


指導医から「家庭医としての宝物として経験」と表現されたのも納得です


今振り返っても、多くの意味や学びに満ちた経験だったと改めて思います





時間がたっているからこそ、再会は意味を深めるような気がしました




実は、先日14年ぶりに大切な人との再会があり、
その年歳月が経っているからこその、再会の味わい深さを覚えました


ただ懐かしいというよりも、喜びと切なさを混ぜたよう“懐かしい”という感覚でした



今、Nさんとその家族の物語をたどっていた中でも、
複雑で葛藤もあり苦い部分もありつつ、
その苦さのなかの豊かな香りや味わいのコクが、
熟成されたテイストになっているイメージを覚えました




一つの感情では記憶できていないと言うことが、大切な出来事の証拠なのかもしれません

と気づいた夜でした

2008年11月28日金曜日

回復と再構成 ゼロの意味とゼロの設定とは?

印象的な一週間でした

しばらく声が出なかった人の“声”を聴いた瞬間
帰れないかもと思っていた方の帰宅の方針が固まった会議


話すことも、家に住むことも
多くの人にとっては「当たり前」のことなんですが、

この仕事をしていると、「当たり前」や「普通」に霧がかかり、
切り離された方々との出会いが多くあります


その中で、多くはそのままですが、
今週のように「回復」する過程を経験して、この上ない喜びを感じました


多くはそのままですが、と書きましたが、
時間が経つと「回復」ではなく「再構成」を経験することは片手くらいありました・・・
「再構成」は喜びというよりも感銘を受けます


医師になろうと思ったとき、
当初は「その人の人生の軌道が、病でズレたときにもとに戻す仕事」と考えていましたが、
家庭医を目指すようになって、「病でズレたときにその新しい軌道を支える仕事」と思うようになっていました

その中でも、やはり「回復」や「もとに戻りつつある過程」を経験することはは嬉しいことでした

マイナスをゼロに、ゼロをプラスに、
回復の過程も、再構成の過程も、サポートできる存在でありたいと思った一週間でした



昔父親に、「今が幸せなんやで。明日虫歯で痛くなったら、つらいけどその後今日みたいに痛くなかったら、『なんていい日なんや』って思うやろ?」って言われたことを思い出しました。


幸せはいつも相対的で、ゼロの設定がどこにあるかが大切だと改めて思いました