2008年4月15日火曜日

SEAをダンサーのように舞台俳優のように

SEA=Significant Event Analysis
というあるイベントと自分を振り返る方法があります
家庭医としての成長には欠かせないツールと思っています

室蘭にいたときは2週間に一度指導医、同僚と行っていました


なんとそのSEAを勤務先の病院でも開催!!しかも初めての試み!!


事前に「どんな風にやっているの?」と聞かれ、
安全なファシリテーションの方法や、
イメージできるように自分のSEAを思い切って紹介したりと、
ほんの少しお手伝いしました・・・


当日は初めてとは思えない素晴らしいSEAセッションになりました

SEAを発表した二人の同期の取り上げたイベント、
そのセッションに参加したメンバーの温かいコメント、
そしてファシリテーションした指導医の気配り、
病棟の師長さんも参加したり・・・
なんと40人規模のSEA!!

だからこそ非常に学びが多かったです


そして、疑問がぬっと持ち上がる
「なんでできたのか?」
初めてのSEAがこんなに温かく、
素晴らしく成功する構成要素は何だろう?


ひとつ思ったのはここには家庭医を育てる良質の舞台があるんだ…ということ
その、ポテンシャルの高さを示すSEAだったのかなと…


発表した彼らの研修は、素晴らしい音響、照明の中でのびのび踊るダンサーの様

動作に決まりはないけれど、環境からふさわしい動きをしている
でも、その動作に意味や目的が見いだせなくて悩んでいただけ

このまま踊り続けていいのか?
この踊り方でいいのか?と、不安になっていました。

すごく共感しました。

あえて、あえて、逆の立場として書いてみますが、

僕の研修は、どちらかというと、自然と体が動くような大きな舞台はないけれど、素晴らしい演出家と、脚本がある舞台俳優をやっていた気がします

そのため呼吸のひとつまで意識して吐いている感じ
自分の動作の目的も意味も理解して動いていう感覚

だからもっと大きな舞台で動きたい!!という思いがありました。


発表者の同期二人と飲み屋へ
「舞台と脚本」の話をしたら大盛り上がり

今回の札幌への派遣は、
まさに大きな舞台に脚本を持ち込み、
舞台を求めていた俳優に場を
脚本を求めていたダンサーに演出を
提供するwin-winなんだと・・・飲み語りました


まだまだ貧弱な脚本と演出ですが、
自分の学習環境を思い出して、
うまくこの大きな舞台に適応させることができたらいいなと思いました

これぞ学びのサイクルが動き出した瞬間

今札幌で、
いつか日本中で

2008年3月26日水曜日

チームという教育環境、そこにはProfessionalもProjectも存在する

受信料の値段を納得しているくらいNHKを見ています

一番好きな番組の「Professional」は、
かつて好きだった「ProjectX」の次のプログラムとして登場し、
また僕を魅了してくれています

ProjectXの時は涙を流したことが多かったのですが、
今のProfessionalの時は心をぐっと動かされることが多くなりました


この番組の次の構想を練るとしたら、次は、

「Team A」 (勝手に名前をつけてみました)

これは涙を流しながら、ぐっと動かされるものになる気がします


プロジェクトXでは度々登場し、
プロフェッショナルでも「個」の影にちらちら垣間見える
「チーム」の存在

チームとは共通の目的を持って、
その準備を進め、
相互に補う少人数の集団

この集団の力を是非次の番組テーマになったら面白いと思っています

と、いうのも、
チームの中には「Project」も「professional」も存在しているから・・・と思うのです

「個」ではなく「和」が、
どんな価値を生み出しているのか・・・Aspiration
どんな人材で構成されているのか・・・Asset
どんな活動を繰り広げているのか・・・Action
(だから頭文字をとってTeam Aなのです)

そのチームに存在する
「しくみ」や「信念」や 「クリエイティビティ」や「広がる共感」

それらの多彩なあり方を見てみたいと切望します

と、いうのも「チーム」の中に「教育」が隣り合わせになっていて、
その「チーム」内の教育に興味を持つよう最近変化しました


上司部下という縦にも
同期仲間という横にも
「教育」が・・・「影響」が、「伝播」が存在していて、
それが非常にプロやよいプロジェクトを支えるように感じています


先日のとある番組で、
トヨタの販売優秀な営業マンと、
本田の販売優秀な店舗の店長が出演していました

両者とも本当に尊敬できる人でした
そして、圧倒的に店舗の店長の話に感動しました

個人の総和以上のものを生み出すことが、
チームの強みと再認識しました



足元を見てみると、自分の所属している組織は、
組織というよりはチームのように感じます

再会する自分の同級生や同期や仲間も、
離れていてもチームのように感じます

最近の日々の中で、最高の学びの場は、
「優れた手本が周りにいて、学ぶ雰囲気を持つチーム」だと、
感じたことからの日記でした

2008年3月18日火曜日

家庭医療とは?日本でも根付く感覚で・・

家庭医療の幸せは、
その言葉の曖昧な感じが故に、
「家庭医療とは・・・」を真剣に考える作業が必要なこと

子供を診るから小児科、お腹を切るから消化器外科医、
他の専門医の名前には曖昧さが無い・・・

家庭を診るから・・・ってだけでもない・・・し・・・
うーん、何だ?家庭医療?と、
学生時代からずっと名前の持つ曖昧さに悩んでいました・・・

人に聞かれても「地域医療の専門」とか「昔の町医者の学問」とかそれらしいけど、
なんかイマイチな感じでした

最近は名前でなく、
機能から定義や説明ができるようになり、
ちょっと自分なりにも納得できるようになりました


先日の日記には外国の教科書での勉強会について書きましたが、
考えてみると、でも実は、日本にもぴったりの医療のように感じます

(家庭医と名前が付いてないだけで、 
 同じ機能・似たような働きをもつ先生や診療所がいっぱいですしね)

それは「小さいけれどマルチファンクション」なものが日本人好みだということという感覚
iPodのように・・・十徳ナイフのように・・・

日本家屋のお茶の間のように・・・
日本人って小さくても機能がいっぱいなのものが好きなのでは?

診療所という「狭い空間」でありながらも、
様々な医療を提供することが可能で、
工夫があふれている多機能な空間になっているということ

愚痴を言ったり、
社交場になったり、
診療所のスタッフに会うのを楽しみにしたり・・・

時間の流れと共に、
その人なりの機能や意味を持つ場に診療所が変化していることもあります

僕自身も、
家庭医として小規模だけどマルチファンクションに生きがいややりがいを持って、
精進しているように思いました


多機能でありながら質が高いなんてかっこいいなと思っています
あいまいさも受け入れながらなんですが・・・

2008年3月17日月曜日

言葉の位置エネルギーを深め、高めるReflection

土曜日に指導医と会話し
こっそり課題をもらいました

日曜日に後輩のブログを読み、
それをなんとなく表現できるようになりました


上手く言えたかわかりませんが書きます


もらった課題は、
「自分の中に在るものを、外に動くものにする・・・」
「自分の中に在るものを、動きのあるものとして表現する・・・」
ということです

つまり、 自分の内部に在る知識や信念を、
外への発言や姿勢として変換するとき、
そのエネルギーをより大きくする大切さ -に気づきました

指導医との会話は雑談のようなテーマでしたが、
雑談に流れる深い議論に、 これはNHKよりも、大学教授よりも、的を得ている!!
という確信がありました

フル時間通じて指導医の言葉や姿勢から、
深みと高みからのエネルギーを感じました

これらの雑談のテーマは自分なりにも考えていて意見もあったけど、
その在るものの位置が浅かった+低かったな・・・と感じました


背景を深く読み、分析を高みから進めて、
振り返りをすると、 もっと深く、もっと高いところに在ってもいいはず!!

自分の中に在るものを 深く下げ、高く上げる
そうすると言葉にした瞬間、 相手の中で運動をはじめ・・・ 熱を持ち・・・ 光を放つ・・・
その位置エネルギーを内的に貯める作業は、
おそらくKolbの学習サイクルでの 「観察と振り返り⇒概念化と一般化」 の矢印なんでしょうね
もう一段階深める思考 もう一歩高みへの思索

足りない所への課題・・・ですね

~~~~~~~~~~~~~~~~
自分の中のイメージとしてはコップの水
・水をためる=input
・あふれてこぼれる=output
・底に穴を開ける=もうひとつのoutput
この時に、 幅広のコップの淵からこぼれたり、
とても縦長のコップの底から流れたり、
すると勢いがいいな~というイメージでした

2008年3月13日木曜日

育ちの場からの巣立ち、出会いの偶然が別れの必然に変わる時

昨夜はクリニックの送別会

この3年間
家庭医をめざして、 家庭医として、
修行し、学んだクリニックでの最後の会でした

メンバーは初期研修医や現スタッフ、旧スタッフでおよそ30人くらい・・・

昨日は退職や転勤するスタッフの送別だけでなく、
そして今までのクリニックとの別れの会でもありました・・・

今勤務している診療所はこの3月で廃院、 そして4月から新たな診療所となって生まれ変わります
最近その終了と開始の準備が忙しいのです・・・
が、 昨夜の懇親会は、そんな慌しい3月に丁寧に流れる時間でした

皆の挨拶にジーンとして、 それぞれがこのクリニックで大切に時間をすごしていたと教えられました


最近患者さんたちから
「来るとホッとするんだよね」
「皆さんの雰囲気が好きです」
「ほんとに安心する空間ですよ」 と、
言葉をもらっていて思ったことがあります   


・・・これは、このクリニックの持つ『場』の力だ!・・・と   


多賀大社でピンと神聖な気持ちになったり、
琵琶湖岸でスーッと心癒されたり、
おみこしを担いでは通ってはいけない道があったり、
故郷での18年間で、『その場』の力があると思っていました


患者さんの言葉と懇親会の時間でクリニックの『場』の力・・・を再確認・・・

この『場』を作ってきた今までの歴史に敬意を表し、
この『場』で学べたことに感謝を覚えました


いつも出会いは偶然なのに、
その別れは必然という真実を再確認しながら、
育った場所を巣立つ淋しさと、
でも温かい思いが混ざった心持ちで、
二次会は酔ってました


そして何より・・・ 指導医の言葉無き涙と、
思いが込められた言葉 が、
酔いと覚醒を同時に加速させた夜でした
new DecolinkParser().start('diary_body')

2008年3月10日月曜日

深く「浅井」を感じ、無意識をまとった意識を感じる・・・

「浅井」という名前が僕の故郷の名前でした
戦国武将の浅井長政が名前の由来です
歴史は繰り返し、今は「長浜」という地名に変わりました

今年になって故郷の同級生達と会う機会が多く、
その中で自分の原型を再確認する感覚を数多くしました

そして、それを加速させた今夜の親との電話・・・
湖北弁丸出しの会話の中でふと祖母の言葉を聞きました



「なったことをよしとさんせ」
(訳:起こってしまったことを、良かったとしましょう)



と、祖母は父によく語っていたみたいです

祖母は僕が小学一年生の時に亡くなったのですが、
この言葉が自分の中に、言葉以外で息づいていたことを感じました

北海道家庭医療学センターの後輩の日記にも書いたように、
「自分についての知識がいろんな分野の知識の中で、最も知ることが困難である」と思っています

その中で、自分の周囲の人から自分を知る機会をもらっているように感じました・・・
感謝です


そういえば、日本の昔話では、 「お父さんとお母さん」の登場はなく、
「おじいさんとおばあさん」が良く登場しますよね

それって、昔話に込められた精神性や感性に通じ影響する存在なのからなんでしょうね・・・
きっと・・・

初めて言います 「おばあちゃんありがとう」

健康にも原因があるという それを家庭医としてどう生かす?

高校時代の友人と札幌で初めての再会
故郷が同じ人とまさか札幌で・・・とは・・・
気づきと学びに満ちた数時間でした


そして、 「健康の謎を解く」という名著を、札幌往復で読破!!
スーパー北斗は乗り心地がいいね!
気持ちよく読書が出来ました!




ジェットコースターに久しく乗っていないのですが、
友人と会って、この本を読んで、
ジェットコースターについて考えました


ガンガンと徐々に高度を上げ、
フッと一瞬の空白、
直後の急降下
その後はグングン上下左右に体を振られ、
グルグルめまぐるしく変化する視界


小学生の時に、「楽しい!!」と言って、
同じコースターに乗り続ける友達がいました



「なんで楽しいのか?」 ちょっと想像してみました

これが、道を歩いている途中に突然体が浮いて、
ジェットコースターと同じ動きが空中で起こったら、
楽しいどころか、かなりの恐怖体験・・・になるな~と


と、考えると、 ジェットコースターが楽しいのは、
認識可能なレールの上を走り、
数分間で終了するという信頼感のおかげ?


信頼感とは、 「どうなるのか」という予測と「なんでなのか」説明がつくこと
つまり、 「何が起こっているのかわかる」という現実把握感があること、
が大切になります


人生も「何が起こっているのかわかる」=予測と説明がつく感覚が、
より健康と感じるための要素になる と、この本にありました


わかること=認識可能→対処可能となります
認識+対処→有意義、有意味と感じます


軽症でも病気になると、 ストレスを感じ、不安や、混乱に陥ります
その中で「何が起こっているのかわかる」ように家庭医としてサポート出来ると、
その人なりの対処が可能となって、
健康の支えになれるのでは…と思いました


う~ん どんなサポートできるのかな・・・
・不明なこと不安なことを話しやすい雰囲気作り
・丁寧でわかりやすい説明
・病態生理を噛み砕いて話す力
・医学の不確実性を共有して共に耐える作業
・その基盤となる医師患者関係
など・・・
かな・・・


もともとその人の中にあるものなので、直接変化を起こせるわけではないと思いますが、
家庭医として長期的なかかわりができるようになれば、
何か変化につながることがあるかもしれないと思いました