2008年6月12日木曜日

学会の学びを日常に組み込む仕組み

先々週のことですが、学会で思ったこと

家庭医療学会に久しぶりに参加して、
・人生の節目になる二日間
・大きな学びの場になる二日間
になっているように思いました。

後輩や先輩や同期との再会が楽しいだけではなく、
彼らから何か学び取ったり、励まされる感覚があります

創造的な知的コミュニケーションだったり、
自然発生的モチベーションアップの宝庫になってるんでしょうね


今回の学会も、
・北海道家庭医療学センターの先輩の姿から自分の今後を考えたり、
・尊敬する先生とprojectが行えるチャンスに心躍ったり、
・同期の研究発表を聞いて、今持っているリサーチクエスチョンから研究したい気持ちがめらめら燃えたり
・燃えているから、その研究についてアドバイスをくれる先生と出会い、メールの往復が始まったり
・大学の同級生が同じ家庭医を目指していて再会してうれしくなったり

いろんな人や考えや気づきや学びとの出会い、再会、再確認
という一連のプロセスが二日間に凝縮していて、
enjoyできました


偶発的に、でも有意味な、素敵な出会いに満ちた時間と空間

何かが生まれる感じ、
何かが変化したり加速したりする感覚になります



前々から、
Web2.0の考え方を知ったときから、
この学会のような学びの空間をInternet上に創る構想を考えています


家庭医という職業柄、個人で悩み、一人で学ぶ状況も少なくありません

かつて偉大な先輩が、
TFCというメーリングリストを作って、
大きな知的生産の場を作ったように、

若手家庭医が、
学びと気づきを共有したり、
コミュニケーションをとったり、
Projectを創ったり、
SEAを施設間で行ったり、
有用な論文のストックを行ったり

そんなネット上の場を、
建設出来ればな・・・と考えています

誰かとProjectとして、
若手でも、親学会でも、正式事業として、
各セミナーともタイアップしてon-siteとoff-siteの学びの継続性を保つ場として、いつか大きなものになればとこっそり思っています


以前、同じ構想を考えていた尊敬する指導医と出会いました。すでに企画書があるそうです。
そして、同期でmixiやその他ネット上でのコミュニケーションツールで試行錯誤をやってみました
構想を持つ指導医のBackUpを受けてお尻に火がつき、
最近ついに、建築できるSEさんが見つかりました

後はどう進めるか・・・ですね・・・

少しずつ回り始めた歯車が、
ひとつひとつ増え、
徐々に大きな歯車を動かすものになったらいいなと考えています

そして、その歯車が、
日本の家庭医療の発展の時計の針を進めてくれたらな・・・
と願っています

2008年6月4日水曜日

FMがFMデビュー

 FMさっぽろ村ラジオというコミュニティFMに出演しました!!
家庭医療について一般市民向けの紹介は新鮮な体験でした。

http://www.voiceblog.jp/kin-ikyo/

 3年目家庭医後期研修の特に後半の研修
+札幌在住の高校時代の同級生のコンサル
+上司からの的確なFeedback
 がこれを語る自分にしてくれたように思います。

 今回原稿を作っていて、コミュニティFMと家庭医の共通点を見つけました。
両者とも気軽で、いざというときに頼りになる、地元密着の町のインフラですよね。
 
 インタビューしてくださったDJの方ともそんな雑談で盛り上がりました。

 好感触だったようで、今年中にもう一度話す機会がありそうです。
都市型家庭医なら地元のFMにDJとして番組持つのも面白そうですね。
競合しない地域ならですが・・・

2008年6月2日月曜日

温故知新≒Reflectio-n o--n actio---n!!

『いい木のある大学は、いい人材が育つ・・・』
東京大学に初めて足を入れて、大きな木々に感動してそう思いました。
(木がなくても、気があれば育ちますが・・・)

先週末はその東京大学で開催された家庭医療学会に出席しました。
昨年は留守番ですねてたので、今年の参加は本当に幸せでした。

学会で再会した先生方5-6人(内学生さん1名)から「Blog見てますよ~」と声をかけてくださりびっくり!!
意外に読まれていてモチベーションUp!!

学会で出会った先生から、今朝頂いたメールに、
「顔を忘れたので思い出そうと思って検索しましたが写真がありませんでした」
とコメントを頂きました。
『え?あったはず・・・』自分でも検索してみると、このBlogがトップに来ました。
さすがGoogle!!

写真はありませんでしたが、ヒットした中で心にとまった学生時代の自分の文章がありました。


下記は、図書館のバイトをしており、
医学書以外の利用をPRするエッセイとして4回生の時に書いたものです。


2003年2月滋賀医大図書館報「さざなみ」より
http://www.shiga-med.ac.jp/library/sazanami/vol/sa51.pdf
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昔から図書館の空気が好きだった。
ふらふらと旅をする様に、その独特の香りと、どこか張り詰めた雰囲気の中、本の世界を旅する。
時の流れも、今いる場所も忘れて。

僕にとって図書館は自分というものを育む大切な場所である。
思い出せば、まだ学生服を着ていた頃、長編小説に挑戦したり、新書を読み漁ったり、受験勉強に励んだりと、自分と向き合う大切な空間であった。

そして、
片手に余る一冊の大きな世界を旅することで、
体験として自分の中に何かが築かれていくことが楽しかった。
読書も一つの体験だと感じた。

今日の自分はどうであろうか。医学書、いわゆるQ-、W-、と分類されている本しか読んでいない。
多くの利用者がそうであるように、自分もまた図書館を狭く利用してしまっている。
読書という体験がいつの間にか乏しくなっていた。

医師として、多くの専門書を読むことは必要である。
しかし、多くの人と出会う中、何気ない読書で得た言葉や世界で、その人との距離を縮めることがある。
まるで同郷の人との話が弾むように。本一冊の旅は、その人の心の故郷に行くことに似ている。
例えば患者さんとそんな関係が築けたら、少しは患者さんの緊張や、不安を取り除くことに繋がるのではないか。

人生という旅の中で人と出会うことと同じ様に、図書館の中で本と出会うことは、自分とその未来までも変
える大切な体験になる。

そう思い起こしてQ-、W-、以外も借りてみようと思う。
皆さんも、いつもは見向きもしない(図書館の)角を曲がって旅してみてはどうでしょうか。
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*()内は追記

この2003年は3月に「家庭医療」という言葉と会うというDeep Impactが起こった年でした。
ですので、2月となると家庭医療という言葉と出会う前の文章です。

なぜこれを再掲したかというと、今の自分にとって新鮮な学びがあると感じたからです。
今から読むと、Common Ground、Illness、Context、Rapport、Healingなどの要素がこめられたエッセイになっていてびっくりしました。
やっぱり、もともと「家庭医療」に興味やベクトルがあったんですね。

亀田の見学に行ったときに、
「家庭医は自分の経験すべてが患者さんを癒すツールになる」という指導医の言葉を当時後期研修医だったTag先生から教えてもらって感動したことも思い出しました。


自分のかつてのactionが記録にあると、いいReflectionが出来るツールになりますね~。

2008年5月29日木曜日

よい健康とよいキャリアとそれを支える原因は同じ

北海道家庭医療学センターの学びの日々の中で心を打つ言葉があった

それはその人の健康を造っている「健康因」

医学部では、「病気」のしくみや成り立ちや原因ばかりの勉強だったので、
健康にしくみや成り立ちや原因があるとは180度視点が変わる言葉だった

その健康因について書いた「健康問題の謎を解く」という本を読んでいて、
あ、健康因の内容と同じ!!と思う言葉と出会いました

それは、「Planned Happenstance Theory」
『計画された偶然性』と訳されていた言葉です

これは、キャリア開発についての言葉なのですが、

 予期せぬ出来事が個人のキャリアを左右する
 その偶然を積極的につくり、最大限利用しようという姿勢だそうで・・・

確かに予期せぬ出来事はストレスと苦痛にもなるのですが、
ある5つのKeyでその出来事が成長の機会になるということです…
その5つとは、
・好奇心
・持続性
・楽観性
・柔軟性
・リスクテイキング
とのこと

おお!なんかいい言葉達だね!好きなのばっかり!

どんな状態でも自分の体を「健康」と考えたり、
自分のキャリアの過程で襲った出来事を「成長の機会」と捉えたり、
中心概念は同じなのでしょうね・・・

仕事の振り返りでも思うのですが、

ある衝撃や、ある一瞬を、
どう認識し直してて、どう捉え直せるかが、
理解を深め、新たな気づきにつながるように思っています

「直す(再構成する)」ための理解や気づきは、
「生きる力」をたくましくするきっかけになるのんですね・・・

2008年5月19日月曜日

「自然なのに、自然と思えないこと」が自然なのか

生きていると、
辛いことや悲しいこととも出会います


今までも、決してHappy一色ではなく、

毎日毎日変わらない辛い日常に心が折れそうになったり

ある出来事が、ずっとずっと頭から離れなくて思い出すたびに心が苦しくなったり

・・・しました


家庭医という仕事を通して、
出会い関わる方の辛い出来事や、心が苦しくなる経験に
よく出会います
本当によく出会います


今日例えば雨が降っていても、
何気ない日常なら何も辛い気持ちにはならないのに、
例えば、遠足の日だったらとても辛い気持ちになります

自然のことなのに、
期待や希望や祈りや、時々欲が入って、
一気に不自然に見えてしまって、
辛くなります


自然なことを、自然なことと、思えない
そんな生き方になってしまっている自分が今日いました


四川の大地震だって
病棟にいる患者さんたちの病気だって
本当は自然なことなのに

祈りが届かず、抗う気持ちが動いた日でした

とある病気の初発と出会って心がぐらぐらです


ま、そんな日もありますよ・・・


ぐらぐらしたのは、
その人の背景と向き合っていたから・・・

この衝撃はその人の衝撃のほんの一部だと、
逆転移を相手を知るためのツールとしている自分がいることを再確認


と、冷静ぶって書いてみたけど、やっぱり辛い

苦しみから癒しが生まれると言ったMcWinneyの言葉が遠くに聞こえる・・・

2008年5月13日火曜日

言葉の数が多いほど、豊かな文化がそこにはある

いつもGWは田植えの手伝いをしていたのを思い出します

稲、米、ご飯、籾、玄米、白米、おかゆ、シャリ・・・
日本はコメ文化の国だな~と思います

アメリカでは上記のどれもがriceの一言ですもんね・・・


逆に日本では「ひげ」ひとつですが、
米英ではbeard(あごひげ),mustache(くちひげ),mustachuous(大きなくちひげ),whiskers(ほおひげ),sideburns(もみあげ),goatee(やぎひげ)
と多数!!

ひげ文化の国ですね

色もそうですが、言葉が多いほど豊かな文化を持っているんだな~と思います
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「地域医療とは・・・」という題名で講義してほしい! と依頼を受けた同期がいました
その話題でかつて先輩が言っていたことを思い出しました


「プライマリケア」は機能を表現
「開業医」は、勤務医と対をなして医師の就労形態を表現
「総合診療」は多くは、大学の講座や市中病院の部門(そこでの機能)を表現
「家庭医」は家庭医療学という学問を表現

これらにさらに、勝手に付け加えてみました

「地域医療」いろいろ定義はありますが、メインはその地域に根ざした医療を表現
「農村医療」佐久病院の若月先生が提唱した医療 言葉の狭さを超えた地域医療の内容と精神
「実地医家」プライマリケア学会の前身"実地医家の会"からつけられた名前 設立当初の精神から離れて、今使われている多くは「開業医」の丁寧語のような感じだと思います

「かかりつけ医」いきつけということを表現 専門、場所は問わない
「総合医」国が制度として使おうとしている表現
「心療内科」体だけでなく心もわけずに総合的に見る医療を表現
「緩和ケア」主にがん患者を対象にその体と心の苦痛を取る医療

それぞれは重なったり、似ていたり、見る角度が違うのだけれど、
同じベクトルや同じフィールドをもっている気がします

日本にはこれだけ、臓器別専門医療とは違うベクトルを持った医師がいるという文化を表しているような気がします

こう考えると豊かな文化なのでしょうね~

地域医療とはこれらの業界の表現の一つなのかもしれません
そして、「地域医療」をやっているという先生にとって、自分を表現する大切な言葉になっているものだと思います

僕にとって「家庭医療」が大切なように・・・

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コメやひげを例に出しましたが、

漢字ではRedの文化が豊かです  緋、赤、朱、紅、丹・・・

どれが一番あかい?なんてしょうもない質問ですよね。
あかが一番好きなひとにとってはどれも大切な色のように思います。


そんな一色として地域医療があるのでしょうかね・・・

(ときれいにまとめつつ、
 食えないriceと、美味しいriceがあったり
 かっこいいひげと、かっこよくないひげがあったりするかも・・・
 なんて、こっそり思ってしまいました)

2008年4月15日火曜日

SEAをダンサーのように舞台俳優のように

SEA=Significant Event Analysis
というあるイベントと自分を振り返る方法があります
家庭医としての成長には欠かせないツールと思っています

室蘭にいたときは2週間に一度指導医、同僚と行っていました


なんとそのSEAを勤務先の病院でも開催!!しかも初めての試み!!


事前に「どんな風にやっているの?」と聞かれ、
安全なファシリテーションの方法や、
イメージできるように自分のSEAを思い切って紹介したりと、
ほんの少しお手伝いしました・・・


当日は初めてとは思えない素晴らしいSEAセッションになりました

SEAを発表した二人の同期の取り上げたイベント、
そのセッションに参加したメンバーの温かいコメント、
そしてファシリテーションした指導医の気配り、
病棟の師長さんも参加したり・・・
なんと40人規模のSEA!!

だからこそ非常に学びが多かったです


そして、疑問がぬっと持ち上がる
「なんでできたのか?」
初めてのSEAがこんなに温かく、
素晴らしく成功する構成要素は何だろう?


ひとつ思ったのはここには家庭医を育てる良質の舞台があるんだ…ということ
その、ポテンシャルの高さを示すSEAだったのかなと…


発表した彼らの研修は、素晴らしい音響、照明の中でのびのび踊るダンサーの様

動作に決まりはないけれど、環境からふさわしい動きをしている
でも、その動作に意味や目的が見いだせなくて悩んでいただけ

このまま踊り続けていいのか?
この踊り方でいいのか?と、不安になっていました。

すごく共感しました。

あえて、あえて、逆の立場として書いてみますが、

僕の研修は、どちらかというと、自然と体が動くような大きな舞台はないけれど、素晴らしい演出家と、脚本がある舞台俳優をやっていた気がします

そのため呼吸のひとつまで意識して吐いている感じ
自分の動作の目的も意味も理解して動いていう感覚

だからもっと大きな舞台で動きたい!!という思いがありました。


発表者の同期二人と飲み屋へ
「舞台と脚本」の話をしたら大盛り上がり

今回の札幌への派遣は、
まさに大きな舞台に脚本を持ち込み、
舞台を求めていた俳優に場を
脚本を求めていたダンサーに演出を
提供するwin-winなんだと・・・飲み語りました


まだまだ貧弱な脚本と演出ですが、
自分の学習環境を思い出して、
うまくこの大きな舞台に適応させることができたらいいなと思いました

これぞ学びのサイクルが動き出した瞬間

今札幌で、
いつか日本中で