2012年10月11日木曜日

滋賀医大の講義の反復の中で感じたこと。


今日は久々の滋賀医大の講義でした。

いつものように家庭医とは、家庭医療とはは一切語らず、事例を選んでもらって2Caseのプレゼン×ディスカッションをしました。

以下学生さんが講義で感じた「家庭医に必要な能力とその理由」です。
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・今までは家庭医は訪問して、いつもの処方してということの繰り返しで、家庭医に行く分患者さんに密着しているとは思っていましたが、ここまで考えて仕事をしているとは思いませんでした。患者さんそれぞれにストーリーがあって、疾患だけを見るのではなく、背景も見る、むしろ背景のほうが重要視されているんではないかと思いました。家庭医に必要なのは医師でありながらも、その人に隠された背景を読みとったり、入り込めるような人として才能も大切なのかなと思いました。なぜなら家庭医は患者さんや家族に信頼されることが第一歩だと感じたからです。そのためには患者さんのことを知らなければいけないし、そういった人柄であることが一番大切だと思いました。

・単に臨床能力だけではなく、患者さんや家族と良好な関係を維持するコミュニケーション能力(関係を作ったり、保ったり、医師患者関係を崩さない)が家庭医には必要だと思います。プロとして良好な関係を保つというのは、患者を治療するうえで必要なことですし、また一線を引いて自分を守る上でも大切だと思います。

・家庭医は病院にいる医師よりもさらに「患者に寄り添う」「患者の人生に関わる」要素が多くなる医師だと感じました。もちろんどこにいても大切なことですが、家庭医は具体的に実際にその患者さんの人となりを知って生活を知って、また家族をとりまく環境も知ることで、その患者さんにあったゴールを考えることができる、考えてしまわざるを得ない状況にいることができるんだと思いました。だからこそ、患者さん一人ひとりにあった方法を考えるために医学的知識を十分持っている必要があるし、またそういった患者さんの人生に関わるといった覚悟も必要だと感じました。また患者さんだけでなく、家族のケアというのも家庭医のすることなのかなと感じました。またこれだけ関わってくると、自分の精神面にも負担が来ることも多いと思うので、どこかで線引きをすることも大事だし、息抜きも大切だと思いました。家庭医になるには、人間的にも成長するのが大事だなと思いました。

・幅広い医学的知識を持つことが前提としてまずあると思う。それがないと今日行ったようなディスカッションは行えないと思った。その上で単に疾患を治療するということだけでなく、患者さんの生活背景やキャラクター、家族などの周囲の取り巻く環境を加味して、最善を判断する能力が必要だと感じた。なぜなら基礎なる知識がないと何もできないし、患者さんの生活に触れて考えることが多いと感じたから。

・老若男女問わず、幅広い疾患に対応できる臨床能力(とそれを得ようと日々努力する)・姿勢が最低限必要。そのうえで患者さんの考え方や生活背景などもふくめて、バランスのよい視点を持って診療に当たらなければならないと感じた。現状では専門医志向が強く、家庭医を最初から志すにはスタンダードとは言い難いので、その分野で一人前になるには、他人とは異なる道を歩むバイタリティや向上心、意思の強さも重要かもしれない。
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講義も3回目で、過去2階よりも場に没頭と俯瞰のバランスを持ちながら、柔軟に展開できるようになってきた感覚があります。

また、今日はより一層ローテ済の科や前日等の直近の臨床実習の影響があることも把握できたので、それらを確認したり、まだ研修してない科の内容でイメージしにくい事例であればもう少し写真や解説で前提の共有をもう少し手厚くしたいという課題も発見できました。

あと難しかったのは、「家庭医=性格や才能」扱いかな。
「外科=器用」ではなく、トレーニングで誰もがなれるし、確かに向き不向きはあっても、性格や才能ではないという話を図書館から書籍や文献を集めて最後にお話したのですが、いくつかの要素が重なって、やや力不足でした。

難しい医師患者関係、今の日本では一般的にスタンダードでないキャリアを選ぶという困難、地域での住民や行政との対立で医師が去ることになったニュースについての質問などがあり、家庭医の良いところだけでなく、大変なところ、深い部分、プロとしての厳しさにも関心が集まってよかったです。

学生の皆さん、Deepな事例と議論を3時間お疲れ様でした。

2012年9月20日木曜日

アウェイでのプレゼン&ディスカッションはホームで生きる


湖北医師会の一般医・精神科医連携推進会議に委員として出席してきました


今日は医師会員向けの勉強会の準備として、
一般医の委員が経験したCaseを精神科医の先生方にコメントやFeedbackしてもらってPearlを集める時間でした

その場で経験しているCaseをドキドキでプレゼンしました

普通のCaseと思っていたのですが、
「非常に幅広く丁寧に見ているのが伝わってきた」
「先生の視点や姿勢を若い精神科の先生にも伝えたい」と、
(妻によく注意される”気を遣って言ってもらえている御世辞で真に受けるとかっこ悪いよ”だったにしても)
有難いFeedbackをいただきました(T_T)

家庭医療と精神科とが共通している生物心理社会モデルつながりって
(全員がそうでないにしても一部同士で)あるのかもしれませんね…
同期・先輩・後輩みてもキャリア移行が隣り合っている気がしますし・・・

議論のポイントとしては(会員向けに)悲嘆やライフイベントによる鬱反応なのか大うつ病なのか?安易なSSRIの処方でないか?に設定したところ、

「DSMを丁寧に使って大うつと診断しているので、そうであれば悲嘆やライフイベントによる反応であっても大うつ病の診断としてSSRIの処方は妥当」
「確かに処方なしでも経過が見れたかもしれないが、この人のベースにある不安に対してこの種のSSRIが効いたと考えられる」
などと議論が盛り上がり大変勉強になり、リアルTFCみたいな感じの時間でした

耳学問だからこそ学べること、新たな視点も数多くあり、
専門医の先生方とのコミュニケーションにおいて勇気や意味をもらえた時間でした

緊張しましたが、自分の臨床の評価と患者さんのケアのためには大切な時間になりました

今日までの経験と指導や研修にも感謝です・・・

2012年9月9日日曜日

福岡の学会の振り返り

学生時代ぶりに福岡に行きました。
福岡はテニス部幹部時代の西医体等で甘苦い思い出がある地です。

今回は第3回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会の開催地!!


行きは同僚と九州新幹線デビュー。
いつも一緒にお酒を飲めないシフトなので、この時ばかりは新幹線でビール!(おっちゃんスタイルです(・_・;))

AMEE(欧州医学教育学会)帰りホヤホヤの時差ぼけ状態のはずなのに、
米原⇒博多までずっとAMEE報告漬けでした!!
AMEEすごい。そして3時間延々と報告できる同僚はさらにすごい。
(実は新幹線でいろいろ仕事する予定だったのですが、大興奮で聞いてしまいました。抱えている仕事やProjectにすぐ生かせそうな学びが満載でお得な時間でした。)


さて、今回の学会は非常に歴史的な意味があると感じられる学会でした。
プライマリ・ケア、家庭医療、総合診療の3学会が合併して約2年半。
理事長・理事が新体制となり、導入の混乱期から成長期の入口が見えそうなフェーズに感じられ、特に学会の理事長が大会長というめぐり合わせの学術大会となり、そのコンセプトが非常に明快でした。

随所に、学会を過去と未来の歴史の中に再び位置づけ、医療全体の中で相対化させて意味づけするような連携プログラムが数多くあり、丸山先生と実行委員会・理事会の皆様のコラボレーション力を感じました。

それにしても病院総合診療学会幹部との対話の場はすごくドキドキとでもすごく感謝を覚える場でした。万難を排して、お互いの力を合わせるパートナーへの道を進んでいってほしいと感じました。


今回の仕事ですが、
1.指導医講習会(サブ)講師
2.家庭医の熟達化研究(第一報)発表
3.初のポスター発表座長
4.80大学行脚Projectインタレストグループ企画・運営


1.指導医講習会では、研修医指導のためのシナリオづくりと当日のやりとりに参加しました。
70名の参加者の皆さんの参加度や良い反応に励まされつつ、こういった場を提供することの重要性を非常に感じました。今後は生涯教育委員会のタスクとしても現指導医のための学びの場を提供して、学会の指導医のための学びの場づくりに携われたらと思いました。

2.熟達化研究の発表では、この研究にご協力頂いた雨森先生、HCFMの先輩方、そしてご指導いただいている松尾先生に感謝しつつ、やっと形になったうれしさを込めてプレゼンしました。科研費の可能性や、組織特性からの熟達化について、家庭医のライフサイクルとの関連についてなどたくさんの質問やコメントを頂き、今行っている二次調査やこれから行う予定の共同研究にも弾みが付きました。年内の論文化を目指してあとはコツコツと頑張ります。

3.の座長は非常によい経験をしました。それは「偶然の役割からの学び」です。
初座長で緊張しましたが、タイムマネージメントとフロアからの質問が無いとき用の質問の準備を全5演題で行いました。そして、座長にならなければ聞けなかったポスター発表から、いろんな示唆やヒントや学びをもらうことができました。
印象に残ったのは、実践発表の重要性、何気ない臨床の疑問の検証を形にすること、そして自治医大五十嵐教室の先生たちの研究に流れる哲学です。

4.は感動の一時間でした。丁寧に準備を進めてきたのと、いろんな人といろんなアイディアがぎゅっと凝縮されたのと、当日の円卓に集まった人たちの声でいい場になりました。
行脚プロジェクトは、医学生さんが家庭医・総合医に最初に出会う場にもなっており、今後も世代を超え、形を変え、続いて行ってほしいProjectなので、そのためのいろんなきっかけをもらうことができました。

生涯教育委員会の会議もあって忙しくも充実した福岡でしたが、
HCFMの同窓会や夏季セミナーに出会った学生さんたちなど、多くの方との再会も楽しく過ごすことができました。

2012年8月27日月曜日

小さなコミュニティの多死化社会にどう対応するか?


早朝の施設看取りのあと、施設勤務の看護師さんと振り返り。
ここ数年で看取りが上昇していると。

実際のデータでも各年度の死亡者が、H18~H21年度は20名以下、H22年から20名以上に増加。今年度は4月から今日で既に20名弱。

看護師さんからは、
「入所時に死ぬことを話題にできていない」
「最近平均して2~4名が急性期や終末期のケアでスタッフ(特に夜間)の負担増」
「食事できないと、どうしてもルーチンで点滴になってしまう傾向」
「『なんとか食べてもらいたい』と希望があって、無理な食事介助でご本人が苦しそうなのを見て、スタッフが心を痛めている」
「食事しない、介助でも難しいと説明しても、電話だと家族は元気な時のままの印象で対応されてしまう」
「食事をとめたり、点滴を止めるとすごく楽そうなのを見るとそうしてあげたい」
「終末期~死亡後はケアのみならず次の入所者の調査で業務多忙でデスカンファしたいのに落ち着いて振り返りができない」
などの語りがありました。

いくつか感想・質疑でやり取りしつつ、いろいろ感じることが気づくことがありました。

今後施設での看取りが増加する中、
・入所時の事前指示は可能か?
・そもそも週一回の回診で施設ケアしきれるのか(実際、電話やFax対応、往診も多い)
・treatableなものの除外と老衰という診断の見極め 
・疎遠な家族との(電話や面会での)情報共有と決断の共有は? 
・急性期から終末期へのギアチェンジはどうあるか?どうするか?
・スタッフとのケアの振り返り、デスカンファの開催は?
等を宿題に感じました。

非がんの終末期ケアは北海道では地域の19床の有床診療所(時々施設)で経験していたことですが、あざいでは老人ホームとして経験していて、また違った難しさとやりがいを感じています。

2012年7月19日木曜日

ストーリーテラーとファシリテーターの両立って難しい

 昨日は滋賀医大での二回目の講義でした。
ポリクリ班も変わって、気持ち新たな時間。
今回は私がメイン講師でした。

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A9:00-9:30イントロ、講師の自己紹介
 9:30-9:45グループメンバーの自己紹介、家庭医のイメージ
B9:45-Caseひとつめ提示
 ダイアログ&問い→ディスカッション
10:20-10:30休憩
C10:30-Caseふたつめ
 ダイアログ&問い→ディスカッション 
D11:30-12:00まとめ
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という前回とほぼ同じ流れでした。


 Aでは自己紹介を兼ねてのキャリアとライフサイクルを述べ、その後、参加学生の10年後に希望するキャリアとライフサイクルも紹介してもらい雰囲気作り、場づくりに役立ててみました。
 前回とは違った雰囲気でしたが、お題の良さを今回も感じることができました。将来の話って良いですね。ポリクリ班でも互いの知らない側面が出るようでチーム内の関係性も深まっていく手ごたえがありました。

 Aで学生さん達からでた家庭医のイメージは
まちのお医者さん、知識が沢山ある、Drコトー、診断学の講義難しかった、Drコトー、往診など外に出向かう医師
でした。Drコトーって今の医学生の”家庭医イメージ”の定番なんですね~。

 Bでは小児の救急→慢性疾患を、Cでは神経疾患の終末期と看取りを扱いました。
いずれも診断学的な面から入りつつ、Contextual Care、その後の治療計画、経過そのものを一緒に考えるディスカッションを行いました。
 Bでは全人的なケアを、Cでは臨床倫理に関する問いを場に出し、Caseを別の側面から捉えてもらえるようにファシリテーションしました。

 Caseの最後の振り返りでは、学生さんたちなりに『医師が人の人生に関わる方針を決定することの重み』について議論しました。今回も医師の葛藤や苦悩、不安な気持ちなどを表現し、学生さん達も一緒になってその事例を共に乗り越えるような時間になりました。
 ストーリーテリングだけでリアリティショックまで経験できてもらえたようで(その解説もできて)よかったです。

 Dでは、定番の”家庭医に必要な能力とは?なぜ必要か?”を学生さん達から発表
・知識(患者さんの医学的な疾患管理のみならず各疾患のQOL・生活指導を行う知識)と診断能力
・それを伝えるためのコミュニケーション力
 (チーム医療・感zyさんとの生活指導を行う時に必要だから)
・診断をつけるだけでなく、その診断をつけてからの治療計画を、その患者の周囲や環境等、様々な内外要因を踏まえて決定する能力
 (患者さん自身はもちろん患者家族や職場環境まで包括して考えることが大切だから)
・広い医学知識とその場その場で直面する問題に対して対処・解決する能力
 (大きな病院で働く医師よりも、一人や少人数での決断が求められる場面が多いと感じたから)
・患者の生活環境を良く知って、治療の方針を決めていく能力
 (家庭医は患者の生活と近いため)
・患者さんの背景にあるもの、例えば家族との関係、生活状況を把握できる能力
・保健師さん介護士さん等病医院以外のスタッフのと良い関係を作れる力
 (地域で連携して、生活指導やケアを行わないといけないから)

 幅広い医学的知識と診断能力、Contextual Care、特有の問題解決に焦点が当たった感じですね。
もう少し感じてもらえたらという点もあったのですが、それは力量不足でした。

前回学んだ教授法
 ・患者さんとその疾患との出会いとその後までを紹介し、最後にその経過を振り返る
 ・患者さんとその疾患についての十分な背景情報と医学的知識を与えて議論する
 ・議論の途中に、実際の患者さんや家族からの質問、医師の自問自答を混ぜる
 ・医師自身の気づきや悩みや思いを同時にプレゼンする
を実践してみましたが、実はこれって難しかったです。

 ほとんどアドリブで臨んだ反省もあるのですが、ストーリーテラーとファシリテーターのバランスがイマイチで、特に自分の患者さんについて語ると当時の思いがあふれてしまいストーリーテーラーの側面が際立ってしまいました。


ディスカッションポイントやメタテーマを想定して、ちゃんとファシリテーターにもならないと・・・と反省。

 家庭医自身の関わりとその内省のプレゼン(つまりポートフォリオ)は強烈な教育資源になることを再確認できましたが、その強さ故に客観的なファシリテーターの側面を阻害しない様に教えられるように次回は臨みたいと思います。

2012年7月8日日曜日

滋賀医大の非常勤講師デビューで学んだこと

7月から母校滋賀医科大学の非常勤講師デビューをしました

家庭医療の現場で働きながら、卒前教育に関わることは一つの目標だったので、
まさかこんなに早くその機会があるとは思いませんでした

沢山の縁に支えられての機会という事を、十分に感じるプロセスがあったので、
機会に感謝しながら活かしたいと思います

と、いうことで、その初回の報告です


今回は、先輩のM先生と一緒に考え準備した講義ではあったものの、
事例やファシリテートは全て先輩のM先生でした

時間割はこんな感じです
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A9:00-9:15講師の自己紹介
ダイアログでの学び、学生さんも積極的でした
 9:15-9:30グループメンバーの自己紹介 
 
B9:30-Caseひとつめ提示
  9:45家族のnarrative
  9:55拡張質問
  10:05その後の経過
 10:15-10:25休憩
 
C10:25-Caseふたつめ提示
  10:40Driving Question
  10:50その後の経過
  10:55更なる拡張質問
  11:05その時の家庭医の思考・心境のプレゼン
 11:10-11:15休憩

D11:15-11:30まとめ
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Aでは医師自身のキャリアとライフサイクルを述べ、参加学生のキャリアとライフサイクルも紹介してもらったことで雰囲気作り、場づくりに役立っただけでなく、今までの勤務先の紹介が後のCaseの臨床セッティングの紹介にもなっていました。グループが5名だったので『月曜日は誰や?』『じゃあ金曜日』と、笑っていいともの「お友達紹介」のノリになっていたのが流石でした。


Aで学生さん達からでた家庭医のイメージは
1st contact、馴染みの患者さんを診るかかりつけ、紹介能力、往診、生活も含めて診る医師、往診のイメージ、来てくれる肝ザさんが顔見知り、大きな病院の先生より優しくて・話を聞いて・人を長く見る、話を聞く・巻爪も切る、◎○医院でなく◎○さんと地域で呼ばれる
でした。講義の必要がないかも?とレベルの高い答えでしたが、イメージだけの部分もあり、これからここに家庭医の複数の事例と振り返りが加わるとどうなるか楽しみになりました。

Bの疾患は”Commonだけど大学であまり習わない未知の病気”でした。
ですので、その疫学や病態生理、発症のリスクなどを真っ白な状態でディスカッションできたことが非常に盛り上がりました。また知識として知っていても、目の前の患者さんのnarrativeに対して、その知識をどう活用するか?という臨床応用のいいトレーニングの場になっていました。


また合間合間に「●○と言われたら?」「□■に何ができるだろうか?」という問い場に出され、学生さん達がどんどんCaseに向き合う当事者になっていきました。


その後の経過の紹介や、その経過を踏まえてのCaseの振り返りでは、学生さんたちなりに『その結果は避けられなかったのか?』『でもその時の最善の判断をした』等と言う発言があり、それは医師が悩みながらも客観的にそして主観的に糧にするプロセスを辿っているようでした。

Cの疾患は”大学でよく習うけど、その臨床プレゼンテーションはほぼ未知の病気”でした。
患者さんの言葉から鑑別診断をあげ、その後それをSQに変えて再度鑑別診断、その整理のためにVINDICATE+Pを用いて整理、そして診断を伝え、症状や身体所見はYear Noteに沢山られつしてあるものこんな感じで臨床で出会うんだよ・・・という素晴らしいプレゼンでした。


そしてこの事例も合間合間に「●○したくない」という患者さんのnarrative、「□■してほしい」という家族のnarrative、それぞれのnarrativeが何故出てきたのかという推察プロセスと、実際の状況や背景の紹介がなされていました。


同時に医師の葛藤や苦悩、不安な気持ちなども同時に表現され、学生さん達も一緒になってその事例の最期を共に乗り越えるような時間になりました。


そして「患者さんが無くなった後に家族にできることは?」という問いからその後の経過と、関わりの紹介があり、最後にこの事例と一連の経過の振り返りをしました。


Dでは、”家庭医に必要な能力とは?なぜ必要か?”を学生それぞれが考え、発表してくれました。


・気づく力と気遣う力、それを臨床で磨く
 (毎日患者と付き合う中で、Criticalなイベントや些細な変化が起こるから)


・患者さんとそのご家族に寄りそう気持ちと、医師としての立場を区別して考える力
 (寄り添うだけなら医師でなくてもOKだけど、でも医師としての立場だけなら家庭医ではなく、その両方が必要だから)


・環境や状況を読み取る力
 (働くうえでは色んな事情があって、それが制約となって医学的な最善にならないかもしれないから)


・自分が働く地域に溶け込む力
 (地域の文化等を知ると見えてくる診れることがあるから)


・バランス力
 (医師としてと、人間としての両方の見方が必要だから)


・責任感。できること/できないことを、患者にとってのベストを考え、分別する力


・臨機応変力

感動です。講師陣も納得な上、予想以上の言語化が出てきて驚きました。

そして更に今回は、非常にいい教授法を学ぶことができました。
・患者さんとその疾患との出会いとその後までを紹介し、最後にその経過を振り返る
・患者さんとその疾患についての十分な背景情報と医学的知識を与えて議論する
・議論の途中に、実際の患者さんや家族からの質問、医師の自問自答を混ぜる
・医師自身の気づきや悩みや思いを同時にプレゼンする

つまり患者さんとその背景のプレゼン、家庭医自身の関わりとその内省のプレゼン(つまりポートフォリオ)は強烈な教育資源になることを再確認できました。

家庭医とは何ぞや~ということを理論で語らなくても、グループワークでの事例と振り返りでここまで行けるんですね・・・。


最後、学生さん達から『なんで先生方は家庭医になったのですか?』という質問や、『今までの大学の講義の中で一番楽しかった』『以前別の大学に行っていて、そこでのゼミの学び方が一番良かったので、医学部つまらないと思っていたが、そのゼミの様な学び方で非常によかった』という感想を貰うことができました。なんとも嬉しい報酬ですね。


M先生と学生さん達お疲れさまでした~。
再来週は私の番なので今回を見習って頑張りま~す。

2012年6月27日水曜日

家庭医療の基礎を学生さん達が考えた3時間の報告

*今回長いです

最後のまとめの時に、京府医3年生のK君がホワイトボードに書いてくれた「家庭医療とは」の図(一部改編)


週末は関西医大で学生・研修医部会関西支部の勉強会の講師でした
この勉強会はシリーズで計画されており、その第一回でした

イントロではまず、
「!?-?=!」という場にしましょうというモチーフを提示しました

*「!?」(なんだそれは!?)から「?」(疑問・質問を通して)を引いて「!」(なるほど~)が生まれる時間

このモチーフは、参加者や私自身の「!?」を表現しやすく、その後の質問や疑問「?」を出すのにいい準備になりました。


そのあと、学生さんのレディネスを確認
・家庭医を見た学生数名、見ていない学生約20名
・家庭医療を聞いたことがある学生さんと聞いたことが無い学生さんは半々でした

思ったよりも聞いたことがない学生さんが多かったのですが、
「今日の話は、見て聞いた学生さんから見ても聞いてもいない学生さんの間に届けます」という意識が出来ました。自分の中で宛先をぐっと意識することができました。

その後スモールグループディスカッション(以下SGD)で、グループのルールや今日の約束を相談してもらいました
・学生の実習と家庭医療の理論を繋げたい・同じ興味を持つ学生のつながりをつくりたい・聞くだけでなく、参加する・知るだけでなく、行動に繋がるように学ぶ・イメージを具体化させる・横のつながりをつくる・遠慮なし・楽しむ
などが、出てきました。
どのグループも楽しそう。
一気にグループ内での関係が深まっているなと感じました。

それぞれを全体で出してもらい、講師からもコメント
横のつながりを大切にしたい、が複数出たことを歓迎して確認しました

そして講師からも以下のルールを提示しました
・皆、対等
・知ることを楽しみましょう
・互いに助け合いましょう
・時間とって考えましょう
・聞いて、気づいたら、語りましょう

そして、いよいよ本題へ。
「家庭医とは?」を周囲から尋ねられた医学生さんを聞いた所、数名!!

(T_T)これは予想していませんでした。だってタイトルが「家庭医療の伝え方」だったので・・

その数名の医学生さんの体験を聞きました
家族や友人に尋ねられて、でも説明にしてもピンと来てもらえなかったと説明

ここは予想通りの流れで、
「なんで説明するのが難しいのか?」と全体に問いつつ、


「タイヤをタイヤという言葉を使わず説明する」
「自転車に乗っている状態を自転車という語句を使わずに説明する」
というワークを行いました。これはもう罰ゲームですよね、ごめん。

皆、奮闘してくれましたが、頭に描いているものを説明する難しさを体験してくれ、
これが家庭医療の説明の難しさに似ているという事をお話ししました

特に家庭医療学が実践知の側面を持つという話をしたあと、
自転車のワーク中に準備したレクチャーをしました


レクチャーでは、学問としての哲学研究と歴史研究の重要性について触れ、
医師の役割(価値、方法、限界)、社会の現状(文化歴史的背景)についてSGDをしました。

これがすごく面白かったです。

<医師の役割>
 病気を治す、診断してその診断が患者さんのものになるように診断に伴う痛みや悩みにつきあう、医療サービスの提供者、気軽に知恵(=健康のアドバイス)を渡す、患者さんの状態を移す鏡(=患者さんの状態を理解するための比喩)、患者さんに知識と意識を与える、住民の健康づくり、子供たちに身近でない死を身近なものにする・タブーに向き合わせる(これには反対意見あり)、間違った健康情報をただす、診断・治療・予防・教育・支援、緩和ケアする、治すのではなく患者さんの幸せのために働く、本人の望む人生に近づける、知識面をサポートし情報格差があっても同じ医療水準を確保する・・・・

<社会の状況>
 人間関係が希薄、みんな忙しい、多様性、核家族化と孤立化、情報格差、医療がサービス業に、地域の医師の偏在、医師はそもそも会いたくない存在、患者さんのニーズが多様、生活水準の向上、選択肢が多い、介護保険と言うシステムに依存、地方経済の低迷、都市と田舎の格差・・・・

などが出てきました。
参加者の皆さんの発言、そしてグループ発表毎に全体との対話を行い、
「!?」という発言を「!」にしてもらうためにやり取りしたり、
新しい質問が出た時に、それを全体で取り扱ったりしました

ちょっと難しかった質問が「家庭医と総合内科との違いは?」でした。
家庭医と総合診療は働く場所以外の違いはあまりないので、Family MedicineとGeneral Internal Medicineの違いとして以下の事をのべました。

医師の役割として診断と治療があるけど、これがFMとGIMでどう違うか・・

診断:
・GIMは診断学や臨床推論で包括的な内科の知識に基づいた生物医学的な診断(特に診断困難例で力を発揮)
・FMは生物医学的な診断と、心の動きや病いの診断(診立て)、その人の環境やネットワークの診断(診立て)

治療:
・GIMは、複数の疾患を抱えた際の優先付け、標準化された生物医学的治療
・FMは、生物医学的な個別ケア、心の動きや病いへの個別ケア、その人の環境やネットワークへの個別ケア(いろんな医療資源・社会資源を活用・コラボして行う)

またフィールドとしてはGIMは主に病院、FMは主に診療所、またその地域で担っている医療機関としての役割にも影響されうると説明しました


「じゃあ、働く医療機関の大きさや、地域で専門性が変わるのですか?」という素晴らしい質問がでたので、家庭医の専門性の基盤には

(同じ地域でずっと診る)継続性
×
(まず最初に診るからこその)包括性
×
(できないことがあるからこその)協調性
の3本柱の両立があると説明しました。

救急は包括性と協調性があるが継続性がすくない
外科は継続性と協調性があるが、包括性がすくない
などなど他科との比較で分かりやすくお伝えしました

ここは皆さんストンと分かってもらえたのかなという反応でした


そして、最後のSGDのテーマを出しました
「じゃあ、皆さん家庭医とは何か?と聞かれたらどう答えますか?」


・最初に患者と向き合う医師(人ではなく専門職としての医師、患者にとっての存在感)
・地域に関わり、働く場所によってやることが違う
・地域の皆(の人生)が対象で、「うちの科ではない」と言わない
・社会に違和感なく溶け込む存在
・体だけでなく、その人の環境・社会・人生を踏まえて治療する存在
・癒者(いしゃ)
・多職種の中でリーダーシップをとる存在
・限界があるので連携をとる、でも患者さんが最後に帰ってくる
・最初にかかる医師、患者のニーズを定型化しケアする
・長く深く付き合う医師(広く浅く診るんだけど)


すごく的確に家庭医像が捉えられていて、結構感動の時間でした

また「図にするとこんな感じだと思うんですが・・・」と冒頭の図が飛びだしたのもこの瞬間です
(これは的確な図でびっくり)

最後に出席して頂いた家庭医の先生方から学生さんに拍手を貰って終了しました

・・・
たった3時間で、しかも

・家庭医を見た学生数名、見ていない学生約20名
・家庭医療を聞いたことがある学生さんと聞いたことが無い学生さんと半々

という中、この答えが出るってすごいな~と思いました

実は3時間をほぼアドリブですることには不安があったのですが、学生さんと自分の資源、そしてSGDと対話の力を信じてやってみて良かったです


参加して下さった学生の皆、サポート頂いた関西の家庭医の先生方ありがとうございました!!